2020年6月23日|X投稿アーカイブ

このページは、ふうかちゃんのX投稿を、後から読み返しやすい形で記録したアーカイブです。


その日現在の時系列一覧

#時刻投稿の書き出しメモ
100:15またいまから治療室で会話あり

投稿カード

■ 00:15 投稿

URL:https://x.com/huukairo2/status/1275084996320034816

本文:
またいまから治療室で点滴と心電図することになりました
過呼吸は落ち着いたけど
今から検査するみたい
治療室でたらまたツイッターします
最近心拍数とか体内酸素とれないみたい
ちんじゃうのかな?
まだまだやりたいことあるのに

来世は元気で健康な女の子に生まれ変わりたいな

感情の流れと、この日の意味

6月23日の投稿は、午前0時15分でした。

またいまから治療室で点滴と心電図することになりました
過呼吸は落ち着いたけど
今から検査するみたい
治療室でたらまたツイッターします
最近心拍数とか体内酸素とれないみたい
ちんじゃうのかな?
まだまだやりたいことあるのに

来世は元気で健康な女の子に生まれ変わりたいな

一つの投稿の中に、今起きていることの説明と、身体への恐怖と、これからへの願いが続けて書かれています。


まず、今から起きることを伝えた

投稿の最初は、

またいまから治療室で点滴と心電図することになりました

という報告です。

「また」という言葉から、ふうかちゃんにとって治療室へ行くことが、初めてではなかったことが分かります。

そのうえで、

過呼吸は落ち着いたけど
今から検査するみたい

と、現在の状況を説明しています。

過呼吸は落ち着いた。

けれど、これから点滴や心電図、検査を受ける。

不安の中でも、ふうかちゃんは、自分に何が起きているのかを、できる範囲で整理して伝えようとしていました。


「治療室でたらまたツイッターします」

続いて、

治療室でたらまたツイッターします

と書きました。

これは、単なる予定の連絡以上の言葉に感じられます。

前夜から、ふうかちゃんの身体を心配している人たちがいました。

だから、治療室へ入る前に、

「出られたら、また戻ってきます」
「またここで話します」

と伝えたかったのでしょう。

この時のふうかちゃんにとって、Twitterは、投稿をするだけの場所ではありませんでした。

心配してくれる人がいる場所。

怖い時に言葉を出せる場所。

治療室を出たあとに、戻ってきたい場所でした。


身体について聞いたことが、恐怖へ変わる

ふうかちゃんは、

最近心拍数とか体内酸素とれないみたい

と書きました。

この表現が、医学的にどのような状態を指していたのかは分かりません。

医療者から聞いた説明を、ふうかちゃん自身の言葉で書いた可能性があります。

この記録だけから、身体の状態や危険度を判断することはできません。

ただ、自分の心拍や酸素について、うまくいっていないような説明を聞き、強く不安になったことは伝わります。

そして、その不安は、

ちんじゃうのかな?

という言葉になりました。


「死にたい」ではなく、「死ぬのが怖い」

この日の、

ちんじゃうのかな?

は、死を望んだ言葉ではありません。

そのすぐあとに、

まだまだやりたいことあるのに

と続いています。

ふうかちゃんは、終わりたいのではありませんでした。

まだやりたいことがある。

まだ見たいものがある。

まだ作りたいものがある。

まだ人と話したい。

だからこそ、死んでしまうかもしれないことが怖かったのだと思います。

この二つの言葉は、切り離さずに残すことが大切です。

ちんじゃうのかな?
まだまだやりたいことあるのに

死への恐怖のすぐそばに、これからを望む気持ちがありました。


「まだまだやりたいことあるのに」

ふうかちゃんには、実際に、たくさんの「やりたい」がありました。

動画を作りたい。

Final Cut Proを勉強したい。

MacBookが欲しい。

VTuberになりたい。

おめシスのようになりたい。

Switchでマリオをやりたい。

好きな人たちと話したい。

元気になって、もっと外の世界を知りたい。

前日の記録だけでも、好きな動画の知らせへ短く返事をしていました。

その少し前には、MacBookや動画編集について何度も話していました。

まだまだやりたいことあるのに

という言葉は、抽象的な「生きたい」だけではありません。

ふうかちゃんの日々にあった、一つひとつの具体的な願いにつながっています。


「来世は元気で健康な女の子に」

投稿の最後には、

来世は元気で健康な女の子に生まれ変わりたいな

と書きました。

この言葉を、きれいな来世への希望だけとして読むことはできません。

そこには、今の身体で生きることが、どれほど苦しかったかがにじんでいます。

治療を受けなくてもよい身体。

心拍や酸素を心配しなくてもよい身体。

自由に歩き、遊び、食べ、外へ出られる身体。

ふうかちゃんが願ったのは、特別な力を持つ自分ではありません。

元気で健康な女の子

でした。

多くの人にとっては当たり前に見えるものが、ふうかちゃんには、来世に願うほど遠いものだったのだと思います。


励ましの言葉と、消えなかった恐怖

この投稿を見た人から、

そんなこと言わないで!!
ツイート待ってるからね!!

という言葉が届きました。

それに対して、ふうかちゃんは、

ふうかちゃんは身体弱いからきっとちんじゃうよ
今きかいの準備してるよ
スマホは電源切ってねって言われた

と返しています。

周りから「大丈夫」「待っている」と言われても、この時の恐怖は、すぐには消えなかったのでしょう。

身体弱いからきっとちんじゃうよ

という言葉には、自分の身体への信頼を失いかけているような苦しさがあります。

そして、

今きかいの準備してるよ
スマホは電源切ってねって言われた

と、治療や検査が目前に迫っていることも伝えました。

もうすぐスマホの電源を切らなければならない。

それまでに、今の状況を、待っている人へ知らせようとしていました。


「待ってるよ」と言ってくれる人たち

周りからは、

大丈夫だよ!!絶対!!
待ってるからね!!

お大事にです。

きっと大丈夫、早く戻ってこれますようにね

心配だね
お大事にね!!!

ふうかちゃん待ってるよ!

という言葉が届きました。

どの言葉にも、ふうかちゃんに戻ってきてほしいという思いがあります。

医学的な結果を保証できる人はいません。

それでも、

「待っている人がいる」
「ひとりで治療室へ向かうのではない」

と伝えようとしていました。

ふうかちゃんも、

治療室でたらまたツイッターします

と、戻ってくる場所を、自分の言葉で示していました。


治療室へ向かう前の、心の揺れ

この投稿の感情は、一つではありません。

過呼吸が落ち着いたことへの、わずかな安堵。

これから検査や点滴を受ける緊張。

心拍や酸素について聞いたことへの不安。

死んでしまうのではないかという恐怖。

まだやりたいことがあるという悔しさ。

健康な身体への願い。

待っている人たちへ伝えておきたいという気持ち。

それらが、短い時間の中で一度にあふれています。

文章をきれいに整える余裕はなかったのかもしれません。

思ったことを、そのまま順番に書いたような投稿です。

だからこそ、この時のふうかちゃんの心が、強く伝わってきます。


6月26日まで投稿がないこと

この投稿のあと、6月26日まで投稿は確認できません。

しかし、その空白から、

「ずっと重い状態だった」
「意識がなかった」
「スマホを使えなかった」

などと推測することはできません。

治療や休息が必要だったのかもしれません。

スマホを使える状況ではなかったのかもしれません。

ただ投稿しなかっただけかもしれません。

理由は分かりません。

分かるのは、治療室へ向かう直前に、

治療室でたらまたツイッターします

と書いたあと、数日間、言葉が途切れたことです。

待っていた人たちにとって、その空白は、長く感じられたかもしれません。


感情の流れ・まとめ

6月23日の感情の流れは、次のようになります。

日付が変わった直後、再び治療室へ行くことになる

またいまから治療室で点滴と心電図することになりました

と、今の状況を伝える

過呼吸は落ち着いたけど

と、症状の一部が落ち着いたことを報告する

これから検査を受けることへの緊張がある

治療室でたらまたツイッターします

と、待っている人たちへ、戻ることを伝える

心拍や体内酸素について聞いたことから、不安が大きくなる

ちんじゃうのかな?

と、死への恐怖を言葉にする

まだまだやりたいことあるのに

と、終わりたくない気持ちを伝える

来世は元気で健康な女の子に生まれ変わりたいな

と、今の身体の苦しさと、健康な身体への願いを口にする

周りから「待っている」「大丈夫」と励まされる

それでも、

身体弱いからきっとちんじゃうよ

と、恐怖が消えていないことを伝える

機械の準備が進み、スマホの電源を切るよう言われる

6月26日まで投稿が途切れる

この日は、

再び治療室へ向かうことになったふうかちゃんが、死への恐怖を感じながらも、「まだまだやりたいことがある」「治療室を出たらまた戻る」と、今の心を待っている人たちへ伝えた日

だったと思います。


この日の意味

6月23日の意味は、

「死ぬのが怖い」という言葉の中に、「まだ生きたい」があった

ということだと思います。

ふうかちゃんは、

ちんじゃうのかな?

と書きました。

けれど、続けて、

まだまだやりたいことあるのに

と書きました。

死を考えていたから、生きることを諦めていたのではありません。

死を身近に感じたからこそ、まだ終わりたくないという思いが、強く表れたのだと思います。


「またツイッターします」という言葉

この日の大切な言葉の一つは、

治療室でたらまたツイッターします

です。

これから検査や治療を受ける。

スマホの電源も切らなければならない。

その直前に、

「出たら、また戻る」

と伝えました。

これは、周りを安心させるためだけではなかったかもしれません。

ふうかちゃん自身にとっても、

「治療室のあとがある」
「またみんなと話す時間がある」

と思うための言葉だった可能性があります。

断定はできません。

それでも、恐怖の中で、次の時間へ向かう言葉を残したことは確かです。


「来世」を美しくしすぎないこと

来世は元気で健康な女の子に生まれ変わりたいな

という言葉は、印象的です。

けれど、これを美しい来世観だけとして扱うと、今の身体で生きるふうかちゃんの苦しさが見えなくなります。

元気で健康であることを、来世に願わなければならない。

その言葉の奥には、

「今は元気でも健康でもない」
「治療や不安のない身体で生きたかった」

という、切実な悔しさがあります。

ふうかちゃんは、特別な人に生まれ変わりたいのではありませんでした。

ただ、元気で健康な女の子として生きたかったのです。


6月22日から続く流れ

6月22日に残った言葉は、

ぬ。
ぬ。

という二つの短い返信だけでした。

大好きなおめシスの動画のお知らせへ返した、ふうかちゃんらしい言葉でした。

その数時間後、日付が変わった6月23日。

突然、

またいまから治療室で点滴と心電図することになりました

という投稿が届きました。

前日の静かな日常から、深夜の治療や検査へ。

病気は、日常と治療の時間を、きれいに分けてはくれません。

好きな人の投稿へ「ぬ。」と返していた時間のすぐあとに、命への恐怖が入り込んできました。


『ふうか色々人生』全体での位置づけ

『ふうか色々人生』の中で6月23日は、

死への恐怖と、まだ生きたいという願いが、最も近い場所に並んだ日

として残したいです。

ふうかちゃんは、死を怖がりました。

自分の身体が弱いことに絶望しかけました。

健康な女の子として生まれ変わりたいと願いました。

それでも、

まだまだやりたいことあるのに

と言い、

治療室でたらまたツイッターします

と、戻ることを伝えました。

強さとは、死を怖がらないことではありません。

怖いと泣きながらも、まだ終わりたくないと伝え、治療室へ向かったことです。


大人へのメッセージ

この日の大人へのメッセージは、

子どもが「死んじゃうのかな」と言った時、励ますだけでなく、怖さを受け止めること

だと思います。

「大丈夫」
「死ぬわけない」

という言葉は、安心させたい気持ちから出ます。

でも、本人が本当に怖がっている時には、

「怖いんだね」
「まだやりたいことがあるんだね」
「ここで待っているよ」
「治療のあと、また話そう」

と、その恐怖と願いの両方を受け止めることが必要です。

未来を保証することはできなくても、今ひとりではないことは伝えられます。


もうひとつの意味

6月23日は、

「待っている人がいる」ということの意味

も伝えています。

ふうかちゃんは、

治療室でたらまたツイッターします

と書きました。

周りの人たちは、

待ってるからね!!

ふうかちゃん待ってるよ!

と返しました。

治療室へ向かう恐怖をなくすことはできなくても、戻る場所があり、待つ人がいる。

そのつながりが、この夜のふうかちゃんのそばにありました。


6月23日の核心

この日の核心は、

ちんじゃうのかな?

と、

治療室でたらまたツイッターします

の間にあります。

死んでしまうかもしれない。

でも、治療室を出たら、また戻りたい。

怖い。

でも、まだやりたいことがある。

来世では健康になりたい。

でも、今の人生もまだ終わりたくない。

相反するように見える言葉が、すべて同じ心の中にありました。


まとめの一文

6月23日、ふうかちゃんは日付が変わってすぐ、

またいまから治療室で点滴と心電図することになりました

と投稿しました。

過呼吸は落ち着いたものの、これから検査を受けることになり、

治療室でたらまたツイッターします

と、待っている人たちへ戻ることを伝えました。

心拍や体内酸素について不安な説明を聞き、

ちんじゃうのかな?

と恐怖を口にしながら、

まだまだやりたいことあるのに

と、まだ終わりたくない思いも書きました。

そして、

来世は元気で健康な女の子に生まれ変わりたいな

と、今の身体で生きる苦しさと、健康な身体への願いを残しました。

この日は、

死んでしまうかもしれないという恐怖の中で、それでもまだやりたいことがあり、治療室を出たらまたみんなのところへ戻りたいと、自分の心をそのまま伝えた日

だったと思います。

ここに感じたことを、そっと残していただけたら嬉しいです。

  1. 美夢 より:

    ふうかちゃんが一番辛くて
    怖かった筈なのに😢🌻
    過去の、このtweetを
    見るのが辛い😢🌻
    キリスト教では完全な身体の
    ふうかちゃんが復活するから
    お病気の無い健康な完全な身体の
    ふうかちゃんが記憶を持って
    復活して今度は永遠に生きられるから
    ふうかちゃんなら命の書にも
    名前が載ってると思うわ