2020年6月2日|X投稿アーカイブ

このページは、ふうかちゃんのX投稿を、後から読み返しやすい形で記録したアーカイブです。


その日現在の時系列一覧

#時刻投稿の書き出しメモ
110:43おきた会話あり
219:28💧‬会話あり

投稿カード

■ 10:43投稿

URL:https://x.com/huukairo2/status/1267632776724967425

本文:
おきた

■19:28 投稿

URL:https://x.com/huukairo2/status/1267764997100167168

本文:
💧

感情の流れ

6月2日は、

おきた

という、とても短い投稿から始まります。

前日の6月1日は、

イヤな夢みた
こわい

そして朝には、

地震でおきた
まだねたいのに

という流れがありました。

怖い夢を見て、地震で起きて、まだ眠りたい。
そんな不安な6月の始まりでした。

その翌日の6月2日。

ふうかちゃんは、午前10時43分に、

おきた

と書いています。

この「おきた」は、元気いっぱいの朝のあいさつというより、
やっと目が覚めたことを、そのまま短く置いたような言葉に感じます。

「おはよう」ではなく、
「おきた」。

ここが少し大切だと思います。

自分から明るく朝を始めるというより、
まずは起きたことだけを伝える。

昨日の怖い夢や地震のあと、
少しでも眠れたのかもしれません。
でも、心や体がすっきりしていたかどうかまでは分かりません。

ただ、ふうかちゃんはこの朝、
ちゃんと「おきた」と言葉を残しました。

そして、その投稿にはたくさんの人が反応しています。

おはよ
おはよー
おはよーふうか🌞
おはようございます☀️
ふーちゃんおはよ〜☀️

短い「おきた」に対して、
周りの人たちは「おはよう」を返しています。

このやりとりが、とてもあたたかいです。

ふうかちゃんが大きなことを言わなくても、
「おきた」と一言つぶやけば、
誰かが「おはよ」と返してくれる。

病室の中にいても、
画面の向こうに朝のあいさつをくれる人たちがいる。

この朝は、6月1日の怖さから少しだけ日常へ戻るような時間だったと思います。

でも、夜になると空気が変わります。

19時28分、ふうかちゃんは、

💧

とだけ投稿しています。

言葉ではありません。
水滴の絵文字だけです。

この投稿だけを見ると、
何があったのかは分かりません。

悲しいのか。
しんどいのか。
不安なのか。
泣きそうなのか。
体調なのか。
心なのか。

はっきりとは書かれていません。

でも、コメント欄を見ると、
周りの人たちは何かを感じ取っています。

よしよし
大丈夫大丈夫
無理せんでな😭
どーしたの!🥺
無理しないようにね🥺
誰でもそんな気分になる時もあるよね

そして、ふうかちゃんは返信で、

不安定で💧

と書いています。

ここで、この日の夜の意味が少し見えてきます。

ふうかちゃんは、言葉にしきれない状態を、
最初は「💧」だけで出しました。

でも、心配してくれた人に対して、
あとから、

不安定で💧

と返しています。

この「不安定で」という言葉は、とても大切です。

「悲しい」でもなく、
「こわい」でもなく、
「病んできた」でもなく、
「不安定」。

心がぐらぐらする。
気持ちが落ち着かない。
自分でもうまく整理できない。
そんな状態だったのかもしれません。

そして、誰かが、

無理しないようにね🥺

と言ってくれた時、
ふうかちゃんは、

うん💧

と返しています。

この「うん💧」も、ふうかちゃんらしいです。

たくさん説明する力はなかったかもしれない。
でも、ちゃんと受け取っている。

「無理しないようにね」という言葉に、
「うん」と返している。

そこには、しんどさの中でも、
人とのつながりを手放していないふうかちゃんがいます。

6月2日は、朝は「おきた」と言えて、
みんなから「おはよ」と返してもらえた日です。

でも夜には、
言葉にならない「💧」になり、
そのあとで「不安定で💧」と伝えた日でもあります。

朝のあいさつと、
夜の不安定さ。

この両方が、この日のふうかちゃんでした。


感情の流れ・まとめ

6月2日の流れは、こうです。

前日の6月1日に、怖い夢と地震で不安な朝を迎える

翌朝、10時43分に
「おきた」
と投稿する

周りの人たちが
「おはよ」
「おはようございます」
「ふーちゃんおはよ〜」
と返してくれる

短い言葉の中に、朝の小さなつながりが生まれる

夜、ふうかちゃんは
「💧」
だけを投稿する

周りの人が心配して、
「よしよし」
「大丈夫大丈夫」
「無理せんでな」
「どーしたの」
と声をかける

ふうかちゃんは、
「不安定で💧」
と返す

「無理しないようにね」に対して、
「うん💧」
と返す

つまりこの日は、
朝は「おきた」と言えて、みんなに迎えられたけれど、夜には心が不安定になり、言葉ではなく水滴の絵文字で気持ちを出した日
だったと思います。

6月2日は、明るく回復した日ではありません。

でも、完全にひとりで閉じていた日でもありません。

「おきた」に返ってくる「おはよ」。
「💧」に返ってくる「大丈夫」「無理せんでな」。
「不安定で💧」に返ってくる「無理しないようにね」。

そこには、ふうかちゃんの小さな発信に、
誰かが気づいてくれる時間がありました。


この日の意味

6月2日の意味は、
言葉にならない気持ちにも、ちゃんと意味があると分かる日
だと思います。

この日の中心は、やはり夜の、

💧

です。

文章ではありません。
説明でもありません。
ただの絵文字です。

でも、この「💧」は、何も言っていないわけではありません。

むしろ、言葉にできないからこそ、
絵文字ひとつで外へ出したのだと思います。

ふうかちゃんは、あとから、

不安定で💧

と返しています。

この「不安定で」という言葉があることで、
あの水滴は、ただの飾りではなく、
心の揺れを表していたことが分かります。

人は、本当にしんどい時ほど、
長い説明ができないことがあります。

「つらい」とも言えない。
「助けて」とも言えない。
何がどう苦しいのか、自分でも分からない。

そんな時に、
ひとつの絵文字だけを置く。

それもまた、ふうかちゃんの大切な言葉だったと思います。

6月2日は、
短い言葉や絵文字の中にも、ふうかちゃんの心がちゃんと入っていた日
です。


『ふうか色々人生』全体での位置づけ

5月後半から6月初めの流れの中で見ると、6月2日は、
心の波がまだ続いていたことが分かる日
です。

5月25日には、

絶対病気に負けないし
絶対生きるもん

という強い言葉がありました。

5月27日には、

病んできた

がありました。

5月29日には、

何回もお母さんの夢みる
会いたい

がありました。

5月31日には、

おめシスみたら元気になる💕

という、小さな回復の言葉がありました。

6月1日には、

イヤな夢みた
こわい

がありました。

そして6月2日には、

おきた

と、

💧

があります。

この流れを見ると、ふうかちゃんの心は、
強さ、寂しさ、好きなものによる回復、怖さ、不安定さの間を行ったり来たりしています。

これは、とても自然なことだと思います。

人の心は、
一度元気になったらずっと元気、
一度笑えたらもう大丈夫、
というものではありません。

昨日「おめシスみたら元気になる💕」と言えても、
次の日に「こわい」と言うことがある。

朝「おきた」と言えても、
夜には「💧」しか出ないことがある。

6月2日は、そういう心の波をそのまま残している日です。

そしてこの日は、
ふうかちゃんが「不安定で」と自分の状態を短く伝えられた日でもあります。

これは大切です。

不安定な時に、
「不安定で」と言える。

しんどさを全部説明できなくても、
今の自分の状態を少しだけ外へ出せる。

その一言に、周りの人たちが気づき、
「無理せんでな」
「大丈夫大丈夫」
「誰でもそんな気分になる時もあるよね」
と返してくれている。

6月2日は、
不安定な心を、ひとりで完全に抱え込まずに、画面の向こうへ少しだけ出せた日
として、とても大事だと思います。


大人へのメッセージ

この日の大人へのメッセージは、
子どもの小さなサインを見逃さないこと
だと思います。

子どもは、いつも分かりやすく、

「助けて」
「つらい」
「苦しい」

と言えるわけではありません。

時には、

💧

だけかもしれません。

「なんとなく元気がない」
「いつもより短い」
「返事が少ない」
「絵文字だけ」
「大丈夫とは言わない」

そういう小さな変化の中に、
心の揺れが出ていることがあります。

6月2日のふうかちゃんも、
最初から「不安定で」と長く説明したわけではありません。

まずは、

💧

でした。

それを見た人たちが、
「どーしたの」
「大丈夫大丈夫」
「無理せんでな」
と声をかけました。

そのあとに、ふうかちゃんは、

不安定で💧

と返しています。

つまり、誰かが気づいてくれたから、
少しだけ言葉にできたのかもしれません。

子どもの小さなサインに、
すぐ正解を出す必要はありません。

無理に元気づけなくてもいい。
深く聞き出そうとしなくてもいい。

ただ、

「どうしたの?」
「大丈夫?」
「無理しないでね」
「そばにいるよ」

と返すこと。

その一言で、子どもが少しだけ自分の気持ちを出せることがあります。

6月2日は、その大切さを教えてくれます。


もうひとつの意味

この日は、
Xがふうかちゃんにとって、心の温度を少しだけ置ける場所だったこと
も伝えています。

「おきた」と書けば、
誰かが「おはよ」と返してくれる。

「💧」と書けば、
誰かが「どうしたの」「無理せんでな」と気づいてくれる。

これは、ただのSNSのやりとりではなかったと思います。

病室の中で過ごすふうかちゃんにとって、
Xは外の世界とつながる窓でした。

そこには、朝のあいさつがあり、
心配してくれる人がいて、
「無理しないようにね」と言ってくれる人がいました。

もちろん、SNSだけで心が全部救われるわけではありません。

でも、この日のやりとりを見ると、
ふうかちゃんが短い言葉を置く場所として、
Xが大きな意味を持っていたことが分かります。


6月2日の核心

この日の核心は、

言葉にならない「💧」も、ふうかちゃんの大切な声だった

ということです。

朝の、

おきた

も短いです。

夜の、

💧

は、もっと短いです。

でも、どちらも何もない言葉ではありません。

「おきた」には、
今日も目が覚めたこと。

「💧」には、
心が不安定で、言葉にしきれないこと。

そして、

不安定で💧

には、
その状態を少しだけ誰かに伝えようとする気持ち。

6月2日は、
ふうかちゃんが長い文章を書いた日ではありません。

でも、
短い言葉と絵文字の中に、
朝のつながりと、夜の不安定さが残っています。


まとめの一文

6月2日は、前日の怖い夢と地震のあと、午前に「おきた」と投稿し、たくさんの「おはよ」に迎えられた一方で、夜には「💧」だけを残し、コメント欄で「不安定で💧」と打ち明けた日でした。

この日は、
言葉にならない不安定さを、水滴ひとつでそっと外へ出し、それに気づいた人たちの優しい言葉に支えられていた日
だったと思います。

ここに感じたことを、そっと残していただけたら嬉しいです。

  1. 美夢 より:

    不安定💧
    ふうかちゃん😢🌻