このページは、ふうかちゃんのX投稿を、後から読み返しやすい形で記録したアーカイブです。
その日現在の時系列一覧
| # | 時刻 | 投稿の書き出し | メモ |
|---|---|---|---|
| 1 | 19:44 | ぬ。 | 会話あり |
投稿カード



2020年6月30日
感情の流れと、この日の意味
6月30日に確認できる投稿は、午後7時44分の一つです。
ぬ。
たった一言でした。
この日は、体調についての詳しい説明もありません。
夢についての長い言葉もありません。
不安や恐怖を直接書いた投稿もありません。
ただ、
ぬ。
という、ふうかちゃんが何度も使ってきた短い言葉が残りました。
いつもの言葉
ふうかちゃんは、6月の中で何度も、
ぬ。
にゃ
ぴよ
ピ
のような短い言葉を使っていました。
はっきりした意味がある言葉ではありません。
けれど、周りの人たちもその言葉を受け取り、
ぬ
ぬん
ぬんぬん
ミーンミーン
のように返していました。
この日も、ふうかちゃんの一言に対して、周りの人たちは反応しました。
「何があったの?」と深く聞き出すのではなく、ふうかちゃんの言葉遊びに合わせて返している。
そこには、ふうかちゃんの日常の空気がありました。
何も説明しない日
この日のふうかちゃんは、自分の体調を説明していません。
元気だったのか。
疲れていたのか。
不安があったのか。
静かに過ごしていたのか。
それは分かりません。
だから、
「元気になった」
「落ち着いていた」
「つらくて一言しか書けなかった」
と決めつけることはできません。
記録に残っているのは、
ぬ。
という投稿だけです。
その一言を、そのまま受け止めることが大切だと思います。
「少ない言葉」に意味を足しすぎない
6月30日は、投稿が少ない日です。
こういう日は、後から読む側が、つい大きな意味を足したくなります。
何かあったのではないか。
体調が悪かったのではないか。
逆に、落ち着いていたのではないか。
でも、記録から分からないことは分からないままにしておく方が、ふうかちゃんの言葉を大切にできます。
この日は、
ぬ。
が残った。
それで十分なのだと思います。
6月の最後に残った一言
6月には、たくさんの出来事がありました。
点滴を受けた日。
頭が痛く、歩くこともしんどかった日。
身体が弱いから嫌になると書いた日。
治療室へ向かった日。
死んでしまうのではないかと怖がった日。
治療室から出られたと伝えた日。
体調がよくなったらまた何か作ると書いた日。
動画編集できる人を探した日。
給付金について社会の仕組みを考えた日。
泣いてばかりで嫌われないかと不安になった日。
嫌いなおかゆを全部食べた日。
誰かのお腹の痛みに、
ナデナデ💧
と返した日。
その6月の最後に残ったのが、
ぬ。
でした。
大きな結論ではありません。
感動的な締めくくりでもありません。
でも、ふうかちゃんらしい一言です。
「そこにいる」ことを伝える合図
ぬ。
という言葉は、何かを詳しく伝える文章ではありません。
それでも、そこには、
「見ているよ」
「ここにいるよ」
「返事できるよ」
「いつもの感じで話せるよ」
という、小さな合図があったように感じます。
ふうかちゃんにとって、SNSは長い文章を投稿する場所であると同時に、こうした短い言葉で人とつながる場所でもありました。
深い話をしなくてもいい。
病気のことを説明しなくてもいい。
ただ、
ぬ。
と書く。
それに誰かが、
ぬ
と返す。
そんなやりとりも、ふうかちゃんの日常でした。
感情の流れ・まとめ
6月30日の感情の流れは、とても静かです。
午後7時44分、
ぬ。
と投稿する
↓
周りの人たちが、同じように短い言葉で返す
↓
ふうかちゃんも、いつもの言葉遊びの中にいる
↓
詳しい体調や気持ちは語られない
↓
6月最後の日が、ふうかちゃんらしい一言で残る
この日は、
大きな説明も、強い感情の言葉もないまま、ふうかちゃんがいつもの「ぬ。」で人とのつながりの中にいた日
だったと思います。
この日の意味
6月30日の意味は、
何も大きなことを語らない日も、生きた記録として大切だということ
だと思います。
人は、毎日強い言葉を残すわけではありません。
毎日夢を語るわけでもありません。
毎日苦しさを説明するわけでもありません。
ただ一言だけの日があります。
いつもの言葉だけの日があります。
それでも、その一言は、その日のその人が確かにそこにいた証になります。
「ぬ。」だけでも、ふうかちゃんらしい
ふうかちゃんの記録を読み続けていると、
ぬ。
という言葉が、ただの意味不明な一文字ではなくなってきます。
それは、ふうかちゃんの会話のリズムです。
ちょっとした返事。
言葉遊び。
空気をやわらかくする音。
深刻な話をしなくても人とつながれる合図。
6月30日の、
ぬ。
には、そんなふうかちゃんらしさがあります。
6月29日から続く流れ
前日の6月29日には、
おかゆ嫌いだけど全部たべた
と、嫌いなおかゆを全部食べたことを報告していました。
ガリガリくんたべたい
とも書き、
おめシス大好き💕
おめシスの歌大好き💕
と、好きなものも話しました。
夜には、お腹が痛いと言った相手へ、
ナデナデ💧
と返しました。
その翌日の6月30日は、
ぬ。
だけです。
前日には食事、好きなもの、眠ったこと、相手へのやさしさがありました。
翌日は、静かな一言だけが残りました。
日によって言葉の量は違います。
たくさん話す日もあれば、一言だけの日もあります。
その揺れも、ふうかちゃんの日常だったのだと思います。
『ふうか色々人生』全体での位置づけ
『ふうか色々人生』の中で6月30日は、
6月の最後を、ふうかちゃんらしい短い言葉で締めくくった日
として残したいです。
この月には、ふうかちゃんの苦しさも、夢も、好奇心も、社会への意見も、食べる頑張りも、人へのやさしさもありました。
その全部を背負って、最後に大きなまとめの言葉が出たわけではありません。
ただ、
ぬ。
でした。
でも、それがふうかちゃんらしいのだと思います。
人生は、きれいな結論だけでできていません。
何気ない一言で終わる日もあります。
大人へのメッセージ
この日の大人へのメッセージは、
短い言葉を、短いまま受け取ること
だと思います。
子どもが、
「うん」
「ぬ」
「べつに」
絵文字一つ
だけを返す時があります。
それをすぐに、
「ちゃんと説明しなさい」
「何を考えているの?」
「それだけ?」
と詰めるのではなく、
「返してくれたんだね」
「そこにいるんだね」
と受け取ることも大切です。
いつも長く話せるわけではありません。
でも短い返事の中にも、つながろうとする気持ちがあることがあります。
もうひとつの意味
6月30日は、
記録の空白に近い日も、無理に埋めなくてよい
ということも教えてくれます。
投稿が少ないと、読み手は何かを探したくなります。
けれど、この日は、
ぬ。
がある。
その一言を残せばよいのだと思います。
詳しい意味を足さなくても、ふうかちゃんらしい言葉が、ちゃんと残っています。
6月30日の核心
この日の核心は、
ぬ。
その一言です。
6月の終わりに、ふうかちゃんは大きな説明をしませんでした。
ただ、いつもの言葉を残しました。
それだけでも、ふうかちゃんがそこにいたことが伝わります。
まとめの一文
6月30日、ふうかちゃんは、
ぬ。
と投稿しました。
この日に残っている本人の投稿は、その一言だけです。
体調の詳しい説明も、夢の話も、強い不安の言葉もありません。
けれど、周りの人たちはその一言に反応し、いつものように言葉遊びが続きました。
6月には、怖い夜も、治療室へ向かった日も、動画を作りたい気持ちも、社会への意見も、泣いた夜も、食べる頑張りもありました。
その月の最後に残ったのは、
ぬ。
という、ふうかちゃんらしい静かな一言でした。
この日は、
大きな出来事を語らなくても、いつもの短い言葉で人とのつながりの中にいたことが伝わる、6月最後の静かな記録
だったと思います。


ここに感じたことを、そっと残していただけたら嬉しいです。
ぬ。😢🌻💕
美夢さん、ありがとうございます🥲⋆⸜🌻⸝⋆︎💕
6月最後の日に残っていたのは、
「ぬ。」
という、ふうかちゃんらしい一言だけでしたね。
詳しい説明はなくても、この「ぬ。」を見ると、ふうかちゃんがそこにいて、いつものように誰かとつながっていたことが伝わってきます🥲⋆⸜🌻⸝⋆︎💕
大きな言葉ではないけれど、ふうかちゃんらしさがそのまま残った、大切な一日だと思います。
いつもコメントを残してくださってありがとうございます🥲⋆⸜🌻⸝⋆︎💕