このページは、ふうかちゃんのX投稿を、後から読み返しやすい形で記録したアーカイブです。
その日現在の時系列一覧
| # | 時刻 | 投稿の書き出し | メモ |
|---|---|---|---|
| 1 | 08:13 | モゾモゾ | 会話あり |
| 2 | 09:01 | かわゆ💕 | 画像あり, 会話あり |
| 3 | 09:21 | iPhoneでYouTubeに | 会話あり |
| 4 | 09:33 | 【Apple arcade】so | |
| 5 | 09:41 | 【iPhone版】マリオ | |
| 6 | 10:05 | RTしてくれたらうれ | |
| 7 | 14:00 | アニメみよ | |
| 8 | 19:30 | ハァ | 会話あり |
| 9 | 19:36 | なんかおちてきた | 会話あり |
投稿カード





■ 09:33 投稿
URL:https://x.com/huukairo2/status/1258918031373201408
本文:
【Apple arcade】sonic Racing ソニックレーシング #紲星あかり #結月ゆかり 初見プレイ

前のやつです
■ 09:41 投稿
URL:https://x.com/huukairo2/status/1258919931988471810
本文:
【iPhone版】マリオカートツアー
youtu.be/GQUnQC-hKFY@YouTubeより
久しぶりのアップロードだよ
■ 10:05 投稿
URL:https://x.com/huukairo2/status/1258926105613893633
本文:
RTしてくれたらうれしいです💕 チャンネル登録してくれたらもっとうれしいです💕
引用



感情の流れ
この日の始まりは、
「モゾモゾ」
という投稿から始まっています。
5月に入ってから何度か出てくる、ふうかちゃんらしい“音”のような言葉です。
「起きた」とはっきり書くのではなく、
「モゾモゾ」と書く。
布団の中で少し動いているような、
まだ完全には起き上がっていないような、
でも今日という一日へ少し戻ってきているような言葉です。
5月7日、5月8日と、眠りの多い日が続いていました。
その流れの中で、この日の朝も静かに始まっています。
朝のあいさつには、いつものようにフォロワーさんたちから声があり、ふうかちゃんも返事をしています。
ここには、特別な大きな出来事はありません。
でも、この「いつもの朝」があること自体が大切です。
怖い夢や地震の不安、入院の疲れが続いたあとでも、
ふうかちゃんの朝には、まだ「おはよ」と返してくれる人たちがいました。
そのあと、
「かわゆ💕」
という投稿があります。
画像には、かわいいキャラクターが映っています。
ここには、ふうかちゃんの心が、かわいいものに自然に反応している感じがあります。
重い言葉ではありません。
でも、とてもふうかちゃんらしいです。
「かわいい」ではなく、
「かわゆ💕」
短くて、やわらかくて、少し甘い。
5月9日の朝には、こういう小さな「好き」や「かわいい」があります。
これは大きな希望ではありません。
でも、日常を少し明るくするものです。
5月5日、6日のような深い不安のあとに、こうして「かわゆ💕」と書けていることは、ちゃんと残したいです。
そして、この日の大きな動きが始まります。
「iPhoneでYouTubeにアップロードします」
この投稿は、とても重要です。
ふうかちゃんは、ここで“見る側”だけではなく、
自分のものを出す側
に戻っています。
5月6日には、
「おめシスみて癒されよう」
と書いていました。
5月8日には、
「おめシス大好き💕」
と書いていました。
好きな動画を見て、好きな人たちに癒される。
それはふうかちゃんにとって大切な場所でした。
でも5月9日は、それだけではありません。
自分も動画をアップロードする。
自分のプレイを、誰かに見てもらう。
画面の向こうへ、自分の存在を出していく。
これは、ふうかちゃんの中にある 創作する力、発信する力 が動き出している場面です。
続いて、
「【Apple arcade】sonic Racing ソニックレーシング
前のやつです」
という投稿があります。
さらに、
「【iPhone版】マリオカートツアー
久しぶりのアップロードだよ」
と続きます。
ここは、この日の中心です。
「久しぶりのアップロードだよ」
この言葉には、少しうれしさがあります。
長く止まっていたものを、また動かした感じ。
自分のチャンネル、自分の動画、自分の遊び、自分の世界を、もう一度外へ出した感じ。
ふうかちゃんは、ただ病室で時間を過ごしていたわけではありません。
ゲームをして、
動画を上げて、
タイトルをつけて、
「久しぶり」と言って、
誰かに見てもらおうとしていました。
ここには、ふうかちゃんの作り手としての姿があります。
『ふうか色々人生』では、この部分をかなり大切にしたいです。
ふうかちゃんは、ただ受け取る人ではなく、
自分の世界を届けようとしていた人 でした。
そのあと、
「RTしてくれたらうれしいです💕
チャンネル登録してくれたらもっとうれしいです💕」
と投稿しています。
この言葉も、とても大切です。
ここには、ふうかちゃんの素直な願いがあります。
見てほしい。
広げてほしい。
チャンネル登録してほしい。
自分の動画を、誰かに受け取ってほしい。
これは、欲張りな言葉ではありません。
むしろ、発信する人として、とても自然な願いです。
自分が作ったものを、誰かに見てもらいたい。
反応してもらいたい。
つながりたい。
ふうかちゃんの中には、ちゃんとその気持ちがありました。
そして会話の中では、チャンネル登録してくれた人に対して、
「ありがちょ💕」
と返しています。
このやりとりも、すごく大切です。
投稿して、
誰かが反応して、
ふうかちゃんが「ありがとう」と返す。
ここには、発信と受信の小さな循環があります。
病室の中にいても、ふうかちゃんは画面の向こうとつながっていました。
昼過ぎには、
「アニメみよ」
という投稿があります。
朝にYouTubeへアップロードして、
お願いもして、
少し活動したあと、
午後にはまたアニメを見る。
ここは自然な流れです。
発信する時間があり、
そのあとに受け取る時間がある。
ふうかちゃんにとって、アニメやYouTubeは、心を休ませる場所でもありました。
ここでは、朝の発信のあとに、少し自分の好きな世界へ戻っているように見えます。
しかし、夜になると空気が変わります。
「ハァ」
この一言が出てきます。
とても短い言葉です。
でも、ふうかちゃんの状態が変わったことが分かります。
朝には、動画をアップロードしていました。
「RTしてくれたらうれしいです💕」とも書いていました。
かわいいものにも反応していました。
でも夜になると、
「ハァ」
とため息のような言葉が出る。
この落差が、5月9日の大切な部分です。
何かができた日でも、
人とやりとりできた日でも、
好きなものに反応できた日でも、
夜になると心が落ちてくることがある。
この日の夜には、それが出ています。
さらに、
「なんかおちてきた」
という投稿があります。
これは、5月9日のもうひとつの核心です。
「落ちた」ではなく、
「おちてきた」
この言い方がとても的確です。
一気に崩れたのではなく、
少しずつ下がってくる。
気持ちが沈んできているのを、自分で感じている。
ふうかちゃんは、自分の心の変化をよく見ていたのだと思います。
感情に飲み込まれているだけではなく、
「あ、今、落ちてきてる」
と気づいている。
この観察力は、やはりふうかちゃんの言葉の才能にもつながっていると思います。
短いけれど、すごく正確です。
会話では、
「落ちるときいつもどうしてんの?」
と聞かれています。
それに対して、ふうかちゃんは、
「ごろごろしたりYouTubeみたり
アニメみたり」
と答えています。
ここには、ふうかちゃんのセルフケアの形が出ています。
落ちてきたとき、
ごろごろする。
YouTubeを見る。
アニメを見る。
これは、ふうかちゃんなりに気持ちをやり過ごす方法だったのだと思います。
でも、ふうかちゃんはそのあとに続けています。
「でも
なんかイライラするよ
好きなこともイライラしちゃう」
ここがとても大切です。
好きなものがある。
YouTubeもある。
アニメもある。
でも、落ちているときは、それすらうまく心を助けてくれないことがある。
好きなことをしているのにイライラしてしまう。
楽しいはずのものにも気持ちが向かない。
いつもの安心できるものが、安心にならない。
これは、かなり深い心の状態です。
そしてそれを、ふうかちゃんはとても短く、的確に書いています。
「好きなこともイライラしちゃう」
この言葉は、5月9日の夜の重要な言葉です。
ふうかちゃんにとって、好きなものは大切な居場所でした。
でも、その好きなものさえ、いつも万能ではなかった。
このことを残すと、『ふうか色々人生』はより本当の姿に近づくと思います。
好きなものがあれば大丈夫、ではない。
でも、好きなものがあることは確かに支えだった。
その両方が、ふうかちゃんの日々にはありました。
会話の相手は、
「ちょいちょい発散できたらいいね」
と返しています。
ふうかちゃんの「落ちてきた」という言葉を、ただ流さずに受け止めてくれています。
また、別の会話では、
「色々教えてね」
というふうかちゃんの言葉もあります。
これは、ふうかちゃんがまだ誰かとやりとりしようとしていたことを感じさせます。
落ちてきている。
イライラしている。
好きなこともつらい。
でも、完全に閉じてしまっているわけではありません。
誰かに話している。
返事を受け取っている。
教えてね、と言っている。
5月9日の夜には、沈みながらも、人とのやりとりが残っています。
感情の流れ・まとめ
この日の感情の流れをまとめると、こうです。
朝、「モゾモゾ」と静かに始まる
↓
かわいいものに反応し、心が少しやわらかく動く
↓
iPhoneでYouTubeにアップロードしようと動き出す
↓
ソニックレーシング、マリオカートツアーを投稿する
↓
「久しぶりのアップロードだよ」と、自分の世界を発信する
↓
RTやチャンネル登録をお願いし、誰かに届くことを願う
↓
午後はアニメを見て、自分の好きな世界へ戻る
↓
夜になると「ハァ」とため息が出る
↓
「なんかおちてきた」と、自分の心の沈みを感じ取る
↓
ごろごろ、YouTube、アニメでやり過ごそうとする
↓
でも、好きなことにもイライラしてしまうほど、心が落ちている
↓
それでも人とのやりとりは続いている
5月9日は、朝と夜でかなり空気が違います。
朝には、発信があります。
YouTubeがあります。
「久しぶりのアップロードだよ」という、創作する人の動きがあります。
でも夜には、気持ちが落ちてきます。
好きなものにもイライラしてしまう。
この両方が、5月9日の感情の流れです。
この日の意味
5月9日の意味は、
ふうかちゃんが自分の世界をもう一度発信した日であり、同時に、夜には心の落ち込みが戻ってきた日
だと思います。
この日は、とても大切です。
なぜなら、ふうかちゃんがただ「見ている人」ではなく、
自分で動画をアップロードする人 として現れているからです。
「iPhoneでYouTubeにアップロードします」
「久しぶりのアップロードだよ」
「RTしてくれたらうれしいです💕」
「チャンネル登録してくれたらもっとうれしいです💕」
ここには、発信者としてのふうかちゃんがいます。
誰かに見てほしい。
届いてほしい。
広がってほしい。
自分の動画を受け取ってほしい。
それは、作品を生み出す人の自然な願いです。
この姿は、のちの絵本作家・ふうかちゃんにもつながっていると思います。
動画をアップロードする。
ゲームを見せる。
タイトルをつける。
見てくれた人にありがとうを返す。
ここには、ふうかちゃんの「届けたい」という気持ちが残っています。
そして、この日の意味を深めているのが、前日とのつながりです。
5月8日には、好きな看護師さんとの会話の中で、
「これからはパソコンは絶対覚えたほうがいいよ」
という言葉が出てきました。
その翌日に、ふうかちゃんはiPhoneからYouTubeへ動画をアップロードしています。
もちろん、直接つながっていると決めつける必要はありません。
でも、流れとして見るととても美しいです。
病室の中でパソコンの話をする。
これから覚えたほうがいいと言われる。
そして翌日、自分の動画をアップロードする。
この流れには、ふうかちゃんの中にあった
創作や発信への小さな火
が見えます。
でも、この日を「発信できてよかった日」だけでまとめると、少し違います。
夜には、
「ハァ」
「なんかおちてきた」
という投稿があります。
これは、朝の発信の明るさとは違う空気です。
大切なのは、
何かできた日でも、心が落ちることはある
ということです。
動画をアップロードできた。
RTしてほしいと言えた。
チャンネル登録をお願いできた。
かわいいものに反応できた。
それでも夜になると、落ちてくる。
これは、とてもリアルです。
人の心は、朝に前へ動いたからといって、夜までずっと明るいわけではありません。
5月9日は、そこを教えてくれる日です。
特に、
「好きなこともイライラしちゃう」
という言葉は、大切にしたいです。
ふうかちゃんにとって、アニメやYouTubeやゲームは大事な居場所でした。
でも、この日は、好きなことをしてもイライラしてしまうと書いています。
つまり、好きなものがあっても、
いつも必ず心を救ってくれるわけではない。
これは、苦しさのリアルです。
好きなものがあるから大丈夫、ではない。
でも、好きなものがあることは確かに支えだった。
この二つは矛盾していません。
『ふうか色々人生』では、この両方を大切に残したいです。
ふうかちゃんは好きなものに救われていた。
でも、救われきれない日もあった。
5月9日の夜は、そのことを教えてくれます。
この日を全体の中に置くなら、
「発信する力」と「落ちてくる心」が同じ日に並んだ日
です。
5月4日から6日には、不安や怖さがありました。
5月7日には、眠りの中で心を休ませました。
5月8日には、好きな看護師さんとの会話と、パソコンという未来への言葉がありました。
そして5月9日。
ふうかちゃんは、久しぶりに動画をアップロードします。
これは、前へ出る動きです。
でも夜には落ちてくる。
この流れは、回復がまっすぐではないことを見せています。
一歩前に出た日にも、
また心は揺れる。
でも、その一歩が消えるわけではありません。
5月9日に動画をアップロードしたことは、ちゃんと意味があります。
夜に落ちてきたからといって、その朝の発信がなかったことにはなりません。
ここが大切です。
『ふうか色々人生』全体での位置づけ
5月9日は、
ふうかちゃんが“発信する人”としてもう一度動き出した日
として、とても重要です。
このあと、ふうかちゃんは絵本や物語の世界へ進んでいきます。
その前段階として、
ゲーム動画をアップロードし、
YouTubeで自分の世界を出し、
誰かに見てもらいたいと願っていた姿は、ちゃんと残したいです。
ふうかちゃんは、病気の中にいた人であると同時に、
発信する人 でした。
見ているだけの人ではなく、
作る人、届ける人、見てもらいたい人でした。
5月9日は、その姿がはっきり出ています。
でも同時に、夜の「なんかおちてきた」もあります。
だからこの日は、
創作と発信の光、そして心の揺れの影が同時にある日
として置くのがいいと思います。
この両方を残すことで、ふうかちゃんの人生はきれいごとになりません。
苦しいだけでもない。
明るいだけでもない。
発信できる日もあり、落ちる夜もある。
その全部が、ふうかちゃんが生きていた時間です。
まとめの一文
5月9日は、
ふうかちゃんが久しぶりにYouTubeへ動画をアップロードし、自分の世界を誰かに届けようとしていた日。
そして、
その夜には心が少し落ちてきて、好きなことにもイライラしてしまうほど揺れながら、それでも誰かとのやりとりの中にいた日
だと思います。


ここに感じたことを、そっと残していただけたら嬉しいです。