このページは、ふうかちゃんのX投稿を、後から読み返しやすい形で記録したアーカイブです。
その日現在の時系列一覧
| # | 時刻 | 投稿の書き出し | メモ |
|---|---|---|---|
| 1 | 04:42 | へんな時間におきた | 会話あり |
| 2 | 20:42 | あたまいたいや | 会話あり |
投稿カード



編集
感情の流れとこの日の意味をお願いします。
2020年7月27日
感情の流れと、この日の意味
2020年7月27日。
この日の投稿は多くありません。
最初の投稿は、午前4時42分でした。
ふうかちゃんは、
「へんな時間におきた
またねる」
と投稿しました。
夜中とも早朝ともいえる時間に目を覚まし、そのまま起きて過ごすのではなく、
「またねる」
と伝えました。
その投稿には、
「オハヨー☀️
おやすみ(´ω`)」
という言葉も届いています。
そして、この日の次の投稿は午後8時42分。
ふうかちゃんは、
「あたまいたいや」
と書きました。
なぜ頭が痛かったのか。
いつから痛かったのか。
どの程度の痛みだったのか。
午前4時42分に一度目を覚ましたことと関係していたのか。
そのようなことは、投稿には書かれていません。
だから原因を想像で補わず、
この夜、ふうかちゃんが頭の痛みを感じ、それをTwitterで伝えた
というところまでを記録したいと思います。
「へんな時間におきた」
午前4時42分。
ふうかちゃんは、
「へんな時間におきた」
と書きました。
何かの理由で起きたとは書いていません。
夢を見たとも、
体調が悪かったとも、
物音で起きたとも書いていません。
前日の7月26日には夜遅くまで投稿が続いていましたが、そのことと早朝の目覚めが関係していたのかも分かりません。
分かるのは、
自分でも、
「へんな時間」
と思う時刻に目を覚ましたことです。
そして、その直後に、
「またねる」
と続けました。
「またねる」
この時期のふうかちゃんには、眠ることをそのまま投稿する記録が何度もあります。
7月14日には、
「まだねる」
「三度寝しちゃいます」
と投稿しました。
7月18日には、
「二度寝します
ウトウト」
7月20日には、
「変な時間に目が覚めた
二度寝するか。」
と書いています。
そして7月27日は、
「へんな時間におきた
またねる」
でした。
眠る理由を大きく説明するのではなく、
起きた。
でも、また寝る。
と、その時の行動を短く知らせています。
病院で過ごしていたからといって、すべての睡眠に医療的な意味をつける必要はありません。
この朝について分かるのは、
早く目を覚まし、もう一度眠ることを選んだ
ということです。
次の投稿は夜までなかった
午前4時42分のあと、この日の投稿カードでは、次の投稿は午後8時42分です。
その間、ふうかちゃんが何をしていたのかは分かりません。
ずっと眠っていたのか。
途中で起きていたのか。
YouTubeを見ていたのか。
治療や検査があったのか。
今回の記録には残されていません。
投稿がない時間を、こちらの想像で埋めないことが大切です。
この日は、
投稿として残っている言葉が少ない日
として、そのまま受け取りたいと思います。
「あたまいたいや」
午後8時42分。
ふうかちゃんは、
「あたまいたいや」
と投稿しました。
「頭が痛いです」
という整った文章ではなく、
「あたまいたいや」
です。
少し力の抜けた、ふうかちゃんらしい話し言葉に近い表現です。
この言葉から、
頭が痛かった。
ということは分かります。
けれど、
激しい痛みだった。
治療が必要な痛みだった。
病気が悪化した。
などと判断することはできません。
ふうかちゃん自身が伝えた以上の意味を加えず、
その時、
「頭が痛い」
という状態を周りへ知らせたことを残します。
「大丈夫かい?」
「あたまいたいや」という言葉には、
「大丈夫かい?」
と声をかけてくれる人がいました。
ふうかちゃんは、
「うん💧」
と返しています。
この「うん」が、
本当に大丈夫だった。
という意味なのか。
大丈夫と言っておこうと思ったのか。
詳しいことは分かりません。
だから、
「大丈夫だった」
と結論づけるのではなく、
「大丈夫かい?」という問いに、「うん💧」と返した
というやり取りとして残します。
最後についている「💧」も、この時のふうかちゃんが選んだ表現です。
「よしよし」と「ありがちょ💧」
同じ人から、
「よしよし」
と声をかけてもらうと、
ふうかちゃんは、
「ありがちょ💧」
と返しました。
「ありがとう」ではなく、
「ありがちょ」。
これまでにも何度も出てきた、ふうかちゃんらしい言い方です。
前日の7月26日にも、
「うん💧
ありがちょ💧」
と返しています。
少し具合が悪かったり、心が揺れていたりする場面でも、
「ありがちょ」
という自分の言葉で返しました。
相手の言葉を受け取ったことが、この短い返事から分かります。
「お大事に」にも「ありがちょ💧」
別の人からは、
「お大事に」
と声をかけてもらいました。
ふうかちゃんは、
「ありがちょ💧」
と返しました。
また、
「心配🥺🥺」
という言葉には、
「ありがちょ💧ありがちょ💧」
と、二度繰り返しています。
ここで、
心配してもらって安心した。
やさしさに救われた。
元気になった。
とまで書くことはできません。
その後、頭痛がどうなったのかも分かりません。
ただ、
「あたまいたいや」と伝えると、何人かが気づかう言葉を送り、ふうかちゃんはその一つ一つへ「ありがちょ」と返していた
ことは、確かに残っています。
「ありがちょ」が何度もあった夜
この日の記録で印象的なのは、
「あたまいたいや」
のあとに、
「ありがちょ💧」
が何度も続いていることです。
自分の状態を伝える。
「大丈夫?」
「お大事に」
「心配」
という言葉が返ってくる。
それに、
「ありがちょ」
と返す。
大きな出来事ではありません。
けれど、この小さな往復が、7月27日の夜には残りました。
Twitterは、ふうかちゃんにとって、自分の好きなものを発信する場所でもあり、
「ぬ」
や、
「ピー」
で遊ぶ場所でもあり、
自分のチャンネルを紹介する場所でもありました。
そしてこの日のように、
「頭が痛い」と自分の状態を伝え、それに誰かが応えてくれる場所
でもありました。
前日の7月26日との違い
前日の7月26日は、非常に多くの投稿がありました。
「でも生きる。」
「チャンネル登録者増えて欲しいなぁ💕」
「もっと増えたい」
「大好きなYouTubeで大好きな都市伝説みる。」
「元気な人うらやましい」
「全部うらやましい」
「なんのために生まれてきたんかな?」
「一緒にたべたい」
一日の中で、ふうかちゃんの言葉が大きく動いた日でした。
それに対して7月27日は、
「へんな時間におきた
またねる」
そして、
「あたまいたいや」
という、とても少ない投稿です。
だからといって、
前日のことで疲れ果てていた。
精神的に落ち込んでいた。
体調が悪化した。
と結びつけることはできません。
投稿数が少なかった理由は分からないからです。
ただ、
言葉がたくさん残った日の翌日に、静かな一日があった
という並びは、そのまま記録できます。
感情の流れ・まとめ
7月27日の流れは、次のように続いています。
午前4時42分、
「へんな時間におきた」
と、早すぎる時間に目を覚ましたことを伝える
↓
そのまま、
「またねる」
と、もう一度眠ることを選ぶ
↓
夜まで、今回確認できる投稿は残っていない
↓
午後8時42分、
「あたまいたいや」
と、頭が痛いことを短く伝える
↓
「大丈夫かい?」
と気づかう言葉が届き、
「うん💧」
と返す
↓
「よしよし」
という言葉には、
「ありがちょ💧」
と返す
↓
「お大事に」
という言葉にも、
「ありがちょ💧」
と返す
↓
「心配🥺🥺」
という言葉には、
「ありがちょ💧ありがちょ💧」
と、繰り返して返す
この日には、
早朝の目覚め、もう一度眠る時間、夜の頭痛、それを伝える言葉、そして周りから届いた気づかいと「ありがちょ」という返事
が残されています。
この日の意味
7月27日の意味は、
自分の状態を短い言葉で伝えた時、そこへ応えてくれる人がいて、その言葉をふうかちゃん自身の「ありがちょ」で受け取っていたこと
にあると思います。
この日は、大きな夢を語った日ではありません。
診断メーカーで遊んだ日でもありません。
YouTubeの活動についてたくさん話した日でもありません。
投稿は少なく、
朝には、
「またねる」
夜には、
「あたまいたいや」
でした。
でも、その短い言葉に、
「大丈夫かい?」
「お大事に」
「心配」
と返してくれる人がいました。
そしてふうかちゃんは、
「ありがちょ💧」
と返しました。
人とのつながりは、特別な出来事がある時だけ生まれるものではありません。
具合が悪い。
眠い。
頭が痛い。
そんな日常の小さな一言にも、
誰かが返してくれる。
7月27日は、そんなSNSのつながりが静かに残された日でした。
「ありがちょ💧」が残した意味
この日の中心として残したいのは、
「ありがちょ💧」
です。
「あたまいたいや」
も、この日の重要な言葉です。
けれど、それだけをキャッチにすると、
7月27日が、
頭痛の日。
体調の悪かった日。
という記録だけになってしまいます。
実際には、その言葉のあとに人とのやり取りがありました。
「大丈夫かい?」
「よしよし」
「お大事に」
「心配」
ふうかちゃんは、その一つ一つに、
「うん💧」
「ありがちょ💧」
と返しました。
頭痛が治ったかどうかは分かりません。
でも、
誰かの言葉を受け取って返事をした時間
は残っています。
「ありがちょ」は、単なる「ありがとう」の言い換えではなく、これまでの記録の中でも何度も現れた、ふうかちゃん自身の言葉です。
だからこそ、7月27日の中心に置きたいと思います。
一つの姿だけではなかったふうかちゃん
前日には、
「でも生きる。」
と書いたふうかちゃん。
自分のYouTubeチャンネルを、
「もっと増えたい」
と思ったふうかちゃん。
「全部うらやましい」
と書いたふうかちゃん。
生きる意味を問いかけたふうかちゃん。
そして、
「一緒にたべたい」
と書いたふうかちゃん。
翌日には、
「またねる」
と眠り、
夜には、
「あたまいたいや」
と伝え、
心配してくれる人へ、
「ありがちょ💧」
と返しました。
大きな言葉を残す日もあれば、
短い言葉だけの日もあります。
どちらも、ふうかちゃんが生きた時間です。
前日までの記録とのつながり
7月24日には、
「昔の楽しかった夢みちゃた」
と、過去へ戻りたい気持ちを語りました。
7月25日には、
「楽しみだ💕」
と、数日先の好きな配信へ心を向けました。
7月26日には、
「でも生きる。」
と書いた一方で、
「なんのために生まれてきたんかな?」
とも問い、
最後には、
「一緒にたべたい」
と書きました。
そして7月27日。
朝には、
「へんな時間におきた
またねる」
夜には、
「あたまいたいや」
と投稿しました。
その言葉へ、人から気づかいが届き、
「ありがちょ💧」
と返しました。
数日を並べても、感情や出来事は一直線には進んでいません。
過去を思う日。
未来を楽しみにする日。
心が大きく揺れる日。
そして、静かに眠り、体調を伝える日。
いろいろな日が続いていました。
『ふうか色々人生』全体での位置づけ
『ふうか色々人生』の中で7月27日は、
早朝に「へんな時間におきた またねる」と、もう一度眠ることを選び、夜には「あたまいたいや」と頭の痛みを周りへ伝え、その言葉へ「大丈夫かい?」「お大事に」「心配」と気づかう声が届く中、一つ一つへ「ありがちょ💧」と返していた日
として残したいです。
大きな出来事はありません。
けれど、だからこそ、
日常の中で人とつながっていたことがよく見える一日でもあります。
大人へのメッセージ
この日から受け取れる大人へのメッセージは、
短い「つらい」という言葉にも、返事をすることの大切さ
だと思います。
「あたまいたいや」
という一言に、
何があった?
どうして?
もっと詳しく説明して。
と問い詰めるのではなく、
「大丈夫かい?」
「お大事に」
「心配」
と返した人たちがいました。
大きな助言ではありません。
何かを解決したわけでもありません。
でも、
あなたの言葉を見たよ。
気にしているよ。
ということは伝わります。
人が具合の悪さや苦しさを短く言葉にした時、すぐに答えを出すことよりも、
まずその言葉を受け取る。
そんな関わり方もあるのだと思います。
7月27日の核心
この日の核心は、
「ありがちょ💧」
です。
早朝には、
「またねる」
と眠りました。
夜には、
「あたまいたいや」
と自分の状態を伝えました。
その一言へ、
「大丈夫かい?」
「お大事に」
「心配」
という言葉が届きました。
そして、
「ありがちょ💧」
と返しました。
体調がどうなったのかは分かりません。
でも、
自分の状態を伝えるふうかちゃんと、それを気にかける人、その言葉を「ありがちょ」で受け取るふうかちゃん
が、この日の記録には残っています。
まとめの一文
2020年7月27日。
午前4時42分、ふうかちゃんは、
「へんな時間におきた
またねる」
と投稿しました。
早すぎる時間に目を覚まし、もう一度眠ることを選びました。
そして午後8時42分。
「あたまいたいや」
と、頭が痛いことを短く伝えました。
なぜ痛かったのか。
どれほどの痛みだったのか。
その原因は分かりません。
その言葉へ、
「大丈夫かい?」
「よしよし」
「お大事に」
「心配🥺🥺」
と、周りの人から気づかう言葉が届きました。
ふうかちゃんは、
「うん💧」
「ありがちょ💧」
「ありがちょ💧ありがちょ💧」
と返しました。
7月27日は、
変な時間に目を覚ましてもう一度眠り、夜には「あたまいたいや」と自分の状態を伝え、その言葉を受け取った人たちから届く気づかいへ、ふうかちゃん自身の「ありがちょ💧」を返していた、静かな一日の中に人とのつながりが残された日
だったと思います。


ここに感じたことを、そっと残していただけたら嬉しいです。
よしよし( ŏ﹏ŏ)ノ”(´:ω:` )💕💕💕
😢🌻