2020年7月24日|X投稿アーカイブ

このページは、ふうかちゃんのX投稿を、後から読み返しやすい形で記録したアーカイブです。


その日現在の時系列一覧

#時刻投稿の書き出しメモ
104:13またおきちゃた会話あり
204:18ばかな子供=ふうかち会話あり
312:00今日はずっとねてます会話あり

投稿カード

■ 04:13投稿

URL:https://x.com/huukairo2/status/1286378845541552128

本文:
またおきちゃた

昔の楽しかった夢みちゃた

ナースステーションいかなきゃ

楽しかった夢みると戻りたい気持ちになるし不安定になる

叩かれても蹴られてもお母さん

お父さんはあの人だけだもん

■ 04:18投稿

URL:https://x.com/huukairo2/status/1286380228575506432

本文:
ばかな子供=ふうかちゃん

■ 12:00投稿

URL:https://x.com/huukairo2/status/1286496471962079234

本文:
今日はずっとねてます

感情の流れと、この日の意味

2020年7月24日。

この日の最初の投稿は、まだ夜が明ける前の午前4時13分でした。

ふうかちゃんは、

「またおきちゃた
昔の楽しかった夢みちゃた」

と書きました。

そして続けて、

「ナースステーションいかなきゃ」

と投稿しています。

ただ夢を見て目が覚めた、というだけではありませんでした。

ふうかちゃん自身が、そのあとに、

「楽しかった夢みると戻りたい気持ちになるし不安定になる」

と、自分の中で起きていることを説明しています。

楽しい夢だった。

だからこそ、もう一度その時間へ戻りたいと思う。

そして、その気持ちによって今の自分の心が揺れる。

7月24日の早朝、ふうかちゃんは、その複雑さを自分で分かっていて、言葉にしていました。

さらに、

「叩かれても蹴られてもお母さん
お父さんはあの人だけだもん」

と続けました。

この言葉は、簡単に整理できるものではありません。

家族との記憶には、「昔の楽しかった夢」として現れる時間がありました。

一方で、

「叩かれても蹴られても」

という、ふうかちゃん自身が残した言葉もあります。

楽しかったことがあったから、すべてが幸せだったわけではありません。

つらいことがあったから、家族への思いがなくなるわけでもありません。

ふうかちゃん自身が、

「お母さん」
「お父さんはあの人だけ」

と書いたことを、そのまま受け取る必要があります。

この時点では、ふうかちゃんの家族はもう誰もそばにはいませんでした。

だからこそ、夢の中で戻った「昔の楽しかった時間」と、目を覚ましたあとの現在との間には、大きな隔たりがあったのだと思います。

ただし、夢の内容が具体的に何だったのかは書かれていません。

前日の「田舎いきたい」と、お母さんとの畑仕事の思い出があったからといって、この夢もその記憶だったと結びつけることはできません。

ここは想像で補わず、

ふうかちゃんが「昔の楽しかった夢」を見た

というところまでを大切に残したいと思います。


「またおきちゃた」

最初の言葉は、

「またおきちゃた」

でした。

「起きた」ではなく、

「おきちゃた」

です。

予定して起きたのではなく、眠っていたかったのに目が覚めてしまったような響きがあります。

午前4時13分という時間でもありました。

なぜ目を覚ましたのかについて、ふうかちゃんは続けて、

「昔の楽しかった夢みちゃた」

と書いています。

夢を見たことそのものが、目覚めた理由だったのかまでは断定できません。

ただ、目を覚ました直後、ふうかちゃんの心に強く残っていたのが、その夢だったことは分かります。


「昔の楽しかった夢みちゃた」

この言葉だけを取り出せば、明るい夢の話にも見えます。

「楽しかった夢」。

普通なら、

いい夢を見たんだね。

と受け取りたくなる言葉です。

けれど、この日のふうかちゃんは、そのすぐあとに、

「楽しかった夢みると戻りたい気持ちになるし不安定になる」

と書きました。

ここが、とても大切です。

楽しい記憶だから、心が落ち着くとは限らない。

むしろ、

楽しかったからこそ戻りたい。

もう一度そこにいたい。

そう思うことで、今との距離を強く感じてしまうことがあります。

ふうかちゃん自身が、その心の動きを分かっていました。


楽しい記憶が心を揺らすこと

前日の7月23日には、大好きなあのちゃんの畑仕事の投稿を見て、

「田舎いきたい」

と書きました。

ふうかちゃんは以前、DMで、小さい頃にお母さんの畑仕事を手伝ったことが、

「楽しい思い出」

だったと話してくれていました。

その記録からも、ふうかちゃんの過去には、今も心に残っている楽しい時間があったことが分かります。

ただし、7月24日に見た夢が、その畑の記憶だったとは分かりません。

ここは分けて考える必要があります。

前日に、昔の楽しい記憶につながる可能性のある「田舎いきたい」がありました。

そして翌早朝には、

「昔の楽しかった夢みちゃた」

と投稿した。

この二日間には、過去の楽しい時間がふうかちゃんの心に近づいていたことは感じられます。

けれど、夢の内容そのものは、ふうかちゃんだけが知っていたものです。


「ナースステーションいかなきゃ」

ふうかちゃんは、

「楽しかった夢みちゃた」

と書いたあと、

「ナースステーションいかなきゃ」

と続けました。

そして、その理由として、

「楽しかった夢みると戻りたい気持ちになるし不安定になる」

と書いています。

自分の心が不安定になっていることを感じた。

そして、ナースステーションへ行こうとした。

ここは、この日の重要な記録だと思います。

ふうかちゃんは、自分の中で起きていることを言葉にするだけで終わりませんでした。

少なくとも投稿上では、

今はナースステーションへ行く必要がある。

と、自分で判断しています。

実際にそこでどのような話をしたのか、どのような対応を受けたのかは分かりません。

そこを想像する必要もありません。

残っているのは、

心が揺れた時に、その状態を自分で認識し、人のいる場所へ向かおうとしたこと

です。


「叩かれても蹴られてもお母さん」

そのあとに残されたのが、

「叩かれても蹴られてもお母さん
お父さんはあの人だけだもん」

という言葉です。

とても重い言葉です。

ここから、家族との過去について、こちらが物語を作るべきではありません。

誰が、いつ、どのような状況で何をしたのか。

ふうかちゃんがそれをどう整理していたのか。

この投稿だけからすべてを知ることはできません。

ただ、

「叩かれても蹴られても」

という言葉と、

「お母さん」
「お父さんはあの人だけ」

という言葉が、同じ文章の中にあることは、そのまま残さなければならないと思います。


家族への気持ちは、一つではなかった

家族との関係を、

大好きだった。

嫌いだった。

幸せだった。

つらかった。

という一つの言葉だけで整理することはできません。

少なくとも7月24日のふうかちゃんの投稿には、

「昔の楽しかった夢」

があり、

同時に、

「叩かれても蹴られても」

という言葉があります。

そして、

「お母さん」
「お父さんはあの人だけ」

と書きました。

楽しい記憶と、傷ついた記憶。

戻りたい気持ちと、今の自分が不安定になること。

家族への思いと、過去にあったこと。

それらがきれいに分けられないまま、一緒に存在していた朝だったのだと思います。


「それでも家族だった」と簡単にまとめない

この言葉を、

「どんなことをされても家族を愛していた」

という美しい話にしてしまうのも違うと思います。

反対に、

「そんな家族を思うのはおかしい」

と外から判断するものでもありません。

ふうかちゃんは、

「叩かれても蹴られてもお母さん
お父さんはあの人だけだもん」

と書きました。

その矛盾するように見える気持ちも含めて、ふうかちゃん自身のものです。

こちらが分かりやすい形へ整理してしまわないこと。

それが、この日の記録では特に大切だと思います。


「ばかな子供=ふうかちゃん」

5分後の午前4時18分。

ふうかちゃんは、

「ばかな子供=ふうかちゃん」

と投稿しました。

とても自分に厳しい言葉です。

なぜ、この言葉が出たのか。

家族を思ってしまう自分についてそう感じたのか。

不安定になった自分を責めたのか。

まったく別のことを考えていたのか。

そこは分かりません。

前の投稿から5分後だからといって、理由を一つに決めることはできません。

分かるのは、この瞬間、ふうかちゃんが自分へ、

「ばかな子供」

という言葉を向けたことです。


この一言を、ふうかちゃん自身の評価にしない

「ばかな子供=ふうかちゃん」

という言葉が残っているからといって、

ふうかちゃんは自分をずっとそう思っていた。

と考えることはできません。

一瞬、自分を責める言葉が出ることと、その人の自己評価のすべては別です。

この数日のふうかちゃんだけを見ても、

「パソコンマスターになるわ」

と未来の自分を語ったり、

自分のYouTubeチャンネルを紹介したり、

「100億円くらい落ちてきてこないかな」

と周りの人と遊んだりしています。

人は、一つの自己評価だけで生きているわけではありません。

7月24日の早朝には、自分へ厳しい言葉を向けた瞬間があった。

その事実として残すのがよいと思います。


周りから返された別の見方

「ばかな子供=ふうかちゃん」

という言葉に対して、

「なぜそう思う?パソコンあれだけできるのに?」

と声をかけた人もいました。

ふうかちゃん自身が自分へ向けた評価とは違う見方を、周りの人が返しています。

前日には、

「パソコンマスターになるわ」

と話していたふうかちゃん。

周りの人から見ると、

パソコンを使い、動画を作り、自分でいろいろなことを調べていた姿が見えていたのでしょう。

ただ、この返信だけで、ふうかちゃんの気持ちが変わったとは分かりません。

大切なのは、

自分を否定する言葉を投稿した時、それとは違う見方をしてくれる人が周りにいた

ということです。


「今日はずっとねてます」

正午。

ふうかちゃんは、

「今日はずっとねてます」

と投稿しました。

午前4時すぎ。

昔の楽しかった夢から目を覚ましました。

戻りたい気持ちが出て、

「不安定になる」

と書きました。

「ナースステーションいかなきゃ」

と、人のいる場所へ向かおうとしました。

さらに、自分へ、

「ばかな子供」

という厳しい言葉も向けました。

その約8時間後、

「今日はずっとねてます」

と伝えました。


眠ることに意味をつけすぎない

この投稿について、

心が疲れたから眠った。

ナースステーションで休むよう言われた。

薬を飲んだから眠った。

などと考えることはできません。

理由は書かれていないからです。

この日の早朝に心が揺れたことと、正午に眠ると伝えたことは、時間の流れとしてつながっています。

けれど、その因果関係までは決めつけない方がよいと思います。

分かるのは、

この日の昼、ふうかちゃんが、

「今日はずっとねてます」

と、眠って過ごすことを伝えたことです。


前日の「田舎いきたい」から、この日の夢へ

7月23日には、大好きなあのちゃんの畑仕事を見て、

「田舎いきたい」

と投稿しました。

その背景には、小さい頃、お母さんの畑仕事を手伝った楽しい思い出がありました。

そして翌7月24日の早朝、

「昔の楽しかった夢みちゃた」

と書きました。

二つを直接同じ記憶だと結びつけることはできません。

けれど、この二日を並べることで、一つ大切なことが見えてきます。

ふうかちゃんの過去には、

「戻りたい」

と思うほど楽しい記憶があった。

同時に、

「叩かれても蹴られても」

と書くような記憶もあった。

楽しかった過去と、つらかった過去が、別々の箱にきれいに分かれていたわけではなかったのでしょう。


「楽しかった」と「つらかった」を両方残す

『ふうか色々人生』で7月24日を残す時、ここが一番重要だと思います。

お母さんとの畑仕事が楽しかった。

昔の楽しい夢を見た。

それだけを残せば、家族との過去を美しく描きすぎることになります。

逆に、

「叩かれても蹴られても」

だけを中心にすれば、ふうかちゃんの過去をつらさだけで描くことになります。

ふうかちゃん自身の言葉には、両方があります。

だから、両方残す。

どちらかを消して分かりやすくしない。

それが、ふうかちゃんの人生を一つの姿だけにしないために必要だと思います。


感情の流れ・まとめ

7月24日の流れは、次のように続いています。

午前4時13分、

「またおきちゃた」

と、夜明け前に目を覚ましたことを伝える

「昔の楽しかった夢みちゃた」

と、夢に昔の楽しい時間が現れたことを話す

楽しい夢を見たことで、

「戻りたい気持ち」

が生まれたと伝える

その気持ちによって、

「不安定になる」

と、自分の心の状態を言葉にする

「ナースステーションいかなきゃ」

と、人のいる場所へ向かおうとする

「叩かれても蹴られてもお母さん
お父さんはあの人だけだもん」

と、楽しい記憶だけでは整理できない、家族への複雑な思いを残す

午前4時18分、

「ばかな子供=ふうかちゃん」

と、自分へ厳しい言葉を向ける

その言葉へ、周りの人から、

「なぜそう思う?パソコンあれだけできるのに?」

と、別の見方をする言葉が届く

正午、

「今日はずっとねてます」

と、この日は眠って過ごすことを伝える

この日には、

昔の楽しい記憶、戻りたい気持ち、現在との間で揺れる心、家族への簡単には整理できない思い、自分を責める言葉、人のいる場所へ向かおうとしたこと、そして眠って過ごす時間

が残されています。


この日の意味

7月24日の意味は、

楽しい記憶もまた、人の心を揺らすことがあるということ。そして、ふうかちゃんがその揺れを「戻りたい」「不安定になる」と自分の言葉で伝え、ナースステーションへ行こうとしたこと

にあると思います。

この日のふうかちゃんは、過去に飲み込まれて何も言えなかったわけではありません。

自分に何が起きているのかを、

「楽しかった夢みると戻りたい気持ちになるし不安定になる」

と、とても具体的に言葉にしました。

これは、この日の大切な記録です。


「昔の楽しかった夢みちゃた」が残した意味

この日の中心として残したいのは、

「昔の楽しかった夢みちゃた」

という言葉です。

夢の内容は分かりません。

けれど、

「楽しかった」

ことは分かります。

そして、その楽しさが、

「戻りたい」

につながりました。

さらに、

「不安定になる」

ことまで、ふうかちゃん自身が説明しました。

過去を思い出すことは、

懐かしい。

うれしい。

だけでは終わらないことがあります。

大切だった時間ほど、もう戻れないことを強く感じることもあります。

7月24日のふうかちゃんは、その複雑さを短い投稿の中に残しました。


家族への思いを、美化も否定もしない

この日の、

「叩かれても蹴られてもお母さん
お父さんはあの人だけだもん」

という言葉は、記録の中で大切に扱う必要があります。

これは、暴力を許す言葉として受け取るものではありません。

また、

家族なら何をされても愛さなければならない

という意味でもありません。

ふうかちゃん自身が、その時そう感じていたという記録です。

人の心は、傷つけられたからすぐに愛情が消えるような単純なものではありません。

だからこそ、外から正解を当てはめず、

ふうかちゃんが書いた言葉を、ふうかちゃんのものとして残すこと

が大切だと思います。


一つの姿だけではなかったふうかちゃん

昔の楽しい夢を見たふうかちゃん。

戻りたいと思ったふうかちゃん。

不安定になったことを自分で分かっていたふうかちゃん。

ナースステーションへ行こうとしたふうかちゃん。

家族への複雑な思いを言葉にしたふうかちゃん。

「ばかな子供」と自分を責めたふうかちゃん。

そして、

「今日はずっとねてます」

と眠ることを伝えたふうかちゃん。

前日には、

「ぴ」

と遊び、

麦茶をおいしいと思い、

「田舎いきたい」

と書き、

自分のYouTubeチャンネルを宣伝し、

100億円の話で遊んでいました。

一日違えば、まったく違う言葉があります。

そのどれもが、ふうかちゃんです。

7月24日の暗い部分だけを見て、

ふうかちゃんはいつもつらかった

と描くことも違います。

前日の明るさだけを見て、

大丈夫だった

と考えることも違います。

日によって、時間によって、人の心は動きます。


前日までの記録とのつながり

7月21日には、

「元気になれたらかわいい浴衣着て」

と、夏祭りでしたいことを思い描きました。

7月22日には、

「カルピスソーダのみたいわ」

と夏の暑さの中で飲みたいものを話し、

「安すぎても怖いよ」

と分からないことを人へ相談しました。

7月23日には、

「田舎いきたい」

と投稿しました。

その背景には、お母さんの畑仕事を手伝った楽しい思い出がありました。

そして7月24日。

「昔の楽しかった夢みちゃた」

と書きました。

楽しい過去は、ふうかちゃんにとって大切な記憶でした。

けれど、それに触れることが、

「戻りたい」

という気持ちにつながり、

心を揺らすこともありました。

この数日を続けて読むことで、

ふうかちゃんにとって「思い出」は、懐かしさだけではなかったことが分かります。


『ふうか色々人生』全体での位置づけ

『ふうか色々人生』の中で7月24日は、

夜明け前に昔の楽しい夢から目を覚まし、その楽しさゆえに「戻りたい気持ち」が生まれて「不安定になる」と自分の状態を言葉にし、「ナースステーションいかなきゃ」と人のいる場所へ向かおうとした日。そして家族への複雑な思いや、自分へ向けた厳しい言葉も残したあと、正午には「今日はずっとねてます」と伝えた日

として残したいです。

この日は、つらさを強調するために残すのではありません。

ふうかちゃんが、

自分の心がなぜ揺れているのかを分かろうとしていたこと。

そして、それを言葉にできていたこと。

過去の記憶が、楽しいか、つらいかのどちらか一方ではなかったこと。

それらを残すための日だと思います。


大人へのメッセージ

この日から受け取れる大人へのメッセージは、

「楽しい思い出なら、思い出した方がいい」と単純に決めないこと

だと思います。

楽しかった記憶だからこそ、

戻りたい。

もう一度そこへ行きたい。

と強く感じることがあります。

そして、現在との違いがつらくなることもあります。

ふうかちゃんは、そのことを自分で、

「楽しかった夢みると戻りたい気持ちになるし不安定になる」

と書きました。

誰かが思い出を話した時、

「楽しかったんだからいいじゃない」

と簡単にまとめず、

その記憶を思い出した今、どんな気持ちなのか

まで受け取ることが大切なのだと思います。


7月24日の核心

この日の核心は、

「昔の楽しかった夢みちゃた」

から、

「楽しかった夢みると戻りたい気持ちになるし不安定になる」

へ続いたことです。

楽しかった。

戻りたい。

でも、その気持ちで心が揺れる。

ふうかちゃんは、その三つを自分で言葉にしました。

そして、

「ナースステーションいかなきゃ」

と続けました。

一人の中に、

楽しかった記憶。

つらかった記憶。

家族への思い。

戻りたい気持ち。

今を過ごしている自分。

そのすべてが同時に存在していた朝でした。


まとめの一文

2020年7月24日。

午前4時13分、ふうかちゃんは、

「またおきちゃた
昔の楽しかった夢みちゃた」

と投稿しました。

そして、

「ナースステーションいかなきゃ」

と続けました。

ふうかちゃん自身が、その理由を、

「楽しかった夢みると戻りたい気持ちになるし不安定になる」

と書いています。

さらに、

「叩かれても蹴られてもお母さん
お父さんはあの人だけだもん」

と、楽しかったことだけでも、つらかったことだけでも整理できない家族への思いを残しました。

5分後には、

「ばかな子供=ふうかちゃん」

と、自分へ厳しい言葉を向けました。

そして正午には、

「今日はずっとねてます」

と投稿しました。

7月24日は、

昔の楽しい夢から目を覚まし、その楽しさゆえに戻りたい気持ちが生まれ、心が不安定になることを自分で言葉にし、人のいるナースステーションへ向かおうとした日。家族への簡単には整理できない思いや、自分を責める言葉まで残したあと、昼には眠って過ごすことを伝えた、楽しい記憶とつらい記憶の両方がふうかちゃんの中にあったことを残す日

だったと思います。

ここに感じたことを、そっと残していただけたら嬉しいです。

  1. 美夢 より:

    よしよし( ŏ﹏ŏ)ノ”(´:ω:` )💕💕💕
    ふうかちゃんはバカじゃないわ😢🌻
    賢くて心の優しい、いい子だった🌻
    神の御国ではお父さんも
    お母さんも優しい人に
    なってると思うわ🥹🌻💕