このページは、ふうかちゃんのX投稿を、後から読み返しやすい形で記録したアーカイブです。
その日現在の時系列一覧
| # | 時刻 | 投稿の書き出し | メモ |
|---|---|---|---|
| 1 | 15:55 | ぬ。 | 会話あり |
| 2 | 18:55 | ぬ。 | 会話あり |
投稿カード


感情の流れと、この日の意味
6月22日に確認できる投稿は、二つです。
どちらも、
ぬ。
という短い一言でした。
一つ目は午後3時51分。
おめがリオさんの、
今日動画あっぷ
という投稿への返信です。
二つ目は午後6時55分。
おめがレイさんの、
今日動画19時少し過ぎます!
という投稿への返信でした。
ふうかちゃんは、どちらにも、
ぬ。
と返しました。
前日は「治療室からでれた」
前日の6月21日。
ふうかちゃんは、
治療室からでれた
と投稿していました。
その前夜には、点滴中に吐き、心拍について不安な説明を聞き、
ちんじゃうのかな
心拍数弱いってこわい
と、強い恐怖を伝えていました。
そこから治療室で過ごし、翌日に、
治療室からでれた
と報告しました。
6月22日は、その次の日です。
ただし、この日の体調がどの程度だったのか、治療の影響が残っていたのか、記録からは分かりません。
投稿が二つしかないから体調が悪かった、と決めることもできません。
分かるのは、大好きなおめシスの投稿を見て、それぞれに短く返事をしたことです。
一度目の「ぬ。」
午後3時51分。
おめがリオさんが、
今日動画あっぷ
と、動画公開を知らせました。
ふうかちゃんは、
ぬ。
と返信しています。
「楽しみ」
「分かりました」
「待っています」
とは書きませんでした。
ただ、
ぬ。
と返しました。
ふうかちゃんにとって「ぬ。」は、特別な説明を必要としない、普段から使っていた言葉遊びの一つでした。
はっきりした意味を持つ言葉ではなくても、
「見たよ」
「ここにいるよ」
「反応しているよ」
という小さな合図にはなっていたのだと思います。
二度目の「ぬ。」
午後6時55分。
今度は、おめがレイさんが、
今日動画19時少し過ぎます!
と投稿しました。
その知らせにも、ふうかちゃんは、
ぬ。
と返しました。
同じ日に、リオさんとレイさんの両方の投稿を見ています。
そして、どちらにも同じ一言を返しました。
長い文章を書くのではなく、いつもの自分の言葉で応じる。
それは、大好きなおめシスの活動を、この日もきちんと見ていたことを伝えています。
「ぬ。」に意味を足しすぎない
この日の二つの「ぬ。」について、
「元気がなかった」
「体力がなくて短い返信しかできなかった」
「安心していた」
「動画を楽しみにしていた」
と、詳しい感情まで断定することはできません。
ふうかちゃんが、どのような気持ちで入力したのかは分かりません。
だからこそ、
ぬ。
という言葉を、そのまま残すことが大切です。
何か深いメッセージを込めた言葉ではなく、ふうかちゃんが普段から使っていた、少し不思議で軽い一言。
それだけでも、十分にふうかちゃんらしい記録です。
長く話さなくても、つながることはできる
人とのつながりは、いつも長い会話によって作られるわけではありません。
一言だけ返す。
絵文字だけ送る。
「見たよ」と分かる反応を残す。
それだけでも、
「相手の言葉を受け取っている」
「関係が続いている」
と伝えられることがあります。
この日のふうかちゃんも、おめシスの動画のお知らせに、
ぬ。
と返しました。
大好きな人の投稿を見る。
その場に自分の一言を残す。
短くても、そこには確かに交流がありました。
好きなものとの日常が続いていた
6月20日の夜には、身体への強い恐怖がありました。
6月21日は、治療室を出たことを報告しました。
その翌日、6月22日。
ふうかちゃんは、おめシスの動画のお知らせを見ていました。
病気や治療の記録の次に、大好きな動画の知らせへ反応する日常がありました。
これは、
「元気を取り戻した」
「もう大丈夫になった」
という意味ではありません。
ただ、治療や恐怖だけが、ふうかちゃんの時間のすべてではなかったことを示しています。
身体のことが心配な日々の中にも、好きな人の新しい動画を知り、そこへ返事をする時間が続いていました。
投稿が少ない日の記録
6月22日に残っている投稿は、二つだけです。
どちらも短い返事です。
たくさん投稿した日と比べると、出来事が少ないように見えるかもしれません。
けれど、投稿が少ない日も、生きていた一日です。
詳しい気持ちを語らない日。
夢や苦しさを大きな言葉にしない日。
ただ好きな人の投稿へ短く返事をする日。
そういう日も、ふうかちゃんの人生にはありました。
記録が少ないからといって、意味のない一日ではありません。
同時に、少ない言葉へ大きな意味を無理につける必要もありません。
二つの「ぬ。」が残っている。
その事実を、そのまま大切にしたいと思います。
感情の流れ・まとめ
6月21日から22日にかけての流れは、次のようになります。
前夜の身体への恐怖を経て、治療室で過ごす
↓
6月21日、
治療室からでれた
と、短く状況を伝える
↓
翌日の午後、おめがリオさんの動画公開のお知らせを見る
↓
ぬ。
と返信する
↓
夕方、おめがレイさんの動画公開時刻のお知らせを見る
↓
ぬ。
と、もう一度返信する
↓
詳しい体調や感情についての投稿は残っていない
この日は、
前日の治療室のあと、大好きなおめシスの動画のお知らせを見て、いつもの短い言葉で二度返事をした日
だったと思います。
この日の意味
6月22日の意味は、
たくさん話さなくても、好きな人や好きなものとのつながりは続いていた
ということだと思います。
この日のふうかちゃんは、自分の体調を説明しませんでした。
大きな夢も、強い不安も語りませんでした。
ただ、大好きなおめシスから届いた二つの知らせに、
ぬ。
と返しました。
短い言葉でも、反応する。
そこにいることを伝える。
その小さなやりとりも、ふうかちゃんの日常の一部でした。
「大丈夫だった日」とは決めつけない
前日に治療室を出たあと、好きな動画の投稿へ反応していることから、
「元気になった」
「もう安心だった」
と考えたくなるかもしれません。
けれど、この日の投稿から体調は分かりません。
元気だったのか。
疲れていたのか。
不安が残っていたのか。
どれも断定できません。
この日の記録にあるのは、
「おめシスの投稿を見た」
「ぬ。と返した」
ということだけです。
分からない部分を、希望や悲しみで埋めないことも、記録を大切にする方法です。
言葉遊びとしての「ぬ。」
ふうかちゃんは、これまでにも、
ぬ。
にゃ
ぴよ
といった、意味を限定しない短い言葉をよく使っていました。
こうした言葉は、会話を真剣なものにしすぎず、相手と気軽につながる方法だったのでしょう。
何を話せばよいか考えなくてもいい。
詳しく説明しなくてもいい。
ただ、
ぬ。
と返せば、そこからふうかちゃんらしい空気が生まれます。
この日も、そのいつもの言葉が残りました。
6月21日から続く流れ
6月21日は、
治療室からでれた
という、一つの報告だけでした。
6月22日は、
ぬ。
ぬ。
という、二つの返信だけでした。
どちらの日も、言葉は多くありません。
しかし、二日間を並べると、
自分の状態を知らせる
↓
好きな人の投稿へ反応する
という、ふうかちゃんの時間の続きが見えます。
治療のあとにも、好きなものとの日常がありました。
その日常は、大きな出来事ではありません。
けれど、病気の記録だけでは見えなくなってしまう、大切な生活の一部です。
『ふうか色々人生』全体での位置づけ
『ふうか色々人生』の中で6月22日は、
詳しい出来事を語らず、大好きなおめシスの投稿へ二度「ぬ。」と返した、静かな一日
として残したいです。
ふうかちゃんの人生は、すべての日に大きな物語があったわけではありません。
夢を熱く語る日もあれば、身体の恐怖を訴える日もありました。
そして、この日のように、
ぬ。
だけが残った日もありました。
何気ない日を何気ないまま残すことも、ふうかちゃんを一人の人として伝えるために必要です。
大人へのメッセージ
この日の大人へのメッセージは、
短い返事を「話したくない」「反応が薄い」と決めつけないこと
だと思います。
子どもが、
「うん」
「ぬ」
絵文字一つ
しか返さない時があります。
疲れていることもあれば、ただそれ以上の説明が必要ないこともあります。
短い言葉にも、
「聞いているよ」
「見ているよ」
「つながっていたいよ」
という気持ちが含まれている場合があります。
詳しく話すよう急かす前に、その一言を一言として受け取ることも大切です。
もうひとつの意味
6月22日は、
好きなものが日常の目印になっていたこと
も感じさせます。
「今日、動画が上がる」
「19時を少し過ぎる」
という知らせを見る。
そこへ短く返事をする。
好きな人の新しい動画が公開されるという予定は、ふうかちゃんの日常の中に、小さな時間の目印を作っていました。
ただし、それを大きな「救い」とまで言い切る必要はありません。
単純に、
「今日も好きな動画の知らせを見ていた」
という普通の記録です。
その普通さを残すことが大切だと思います。
6月22日の核心
この日の核心は、二つの、
ぬ。
です。
大きな説明はありません。
深い決意もありません。
ただ、大好きなおめシスの知らせを見て、同じ一言を返しました。
それだけで、この日のふうかちゃんが、好きなものとのつながりの中にいたことが分かります。
まとめの一文
6月22日、ふうかちゃんは、おめがリオさんの、
今日動画あっぷ
という投稿に、
ぬ。
と返しました。
そして夕方、おめがレイさんの、
今日動画19時少し過ぎます!
という知らせにも、
ぬ。
と返しました。
前日は、
治療室からでれた
と投稿したばかりでした。
この日の体調や気持ちは、記録からは分かりません。
元気だったとも、つらかったとも決めつけることはできません。
ただ、大好きなおめシスの投稿を見て、いつもの短い言葉で二度返事をしました。
この日は、
治療室を出た翌日、詳しい気持ちは語らずとも、好きな人の知らせを受け取り、「ぬ。」というふうかちゃんらしい言葉で、静かにつながっていた日
だったと思います。


ここに感じたことを、そっと残していただけたら嬉しいです。
ふうかちゃん😢🌻🌻🌻
ぬ。😢🌻
美夢さん、ありがとうございます🥲🌻💕
この日は、本当に
「ぬ。」
だけが残っている日でしたね。
詳しいことは何も書かれていないけれど、ふうかちゃんらしい一言がそこにあって、周りの人たちもその「ぬ。」に返していました。
大きな言葉ではなくても、ふうかちゃんがそこにいたことが伝わる、大切な記録だと思います🥲🌻
いつもコメントを残してくださってありがとうございます。