2020年6月17日|X投稿アーカイブ

このページは、ふうかちゃんのX投稿を、後から読み返しやすい形で記録したアーカイブです。


その日現在の時系列一覧

#時刻投稿の書き出しメモ
109:35ハロー会話あり
210:38ファンタグレープもら会話あり
310:45こら!
410:45となりのトトロみたい会話あり
522:16身体弱いからいやにな会話あり

投稿カード

■ 09:35投稿

URL:https://x.com/huukairo2/status/1273051541658689536

本文:
ハロー
ナイスミーチュー

■10:38 投稿

URL:https://x.com/huukairo2/status/1273067394542403584

本文:
ファンタグレープもらた

■ 10:45 投稿

URL:https://x.com/huukairo2/status/1273069136885592064

本文:
こら!
ファンタ!

■ 10:45 投稿

URL:https://x.com/huukairo2/status/1273069192019709953

本文:
となりのトトロみたいなぁ

■ 22:16 投稿

URL:https://x.com/huukairo2/status/1273243073208741890

本文:
身体弱いからいやになる

感情の流れ

6月17日の最初の投稿は、午前9時35分でした。

ハロー
ナイスミーチュー

前日の6月16日、ふうかちゃんは点滴を受け、夜には、

頭がいたいです
ボーッとします
トイレまで歩くのもしんどいです
よるごはんは食べませんでした

と、強い体調不良を伝えていました。

その翌朝に出てきたのが、

ハロー
ナイスミーチュー

という、軽やかな言葉です。

周りの人たちも英語のあいさつを返し、ふうかちゃんも、

はろー
はーわーゆ?
アイムファイン
せんきゅー

と、知っている英語を使いながら、短いやりとりを楽しみました。

正しい英文を練習しているというより、覚えている言葉を取り出して、みんなと一緒に遊んでいるような時間です。

前日は長く返事をする力もなく、「💧」や「うん💧」と返していたふうかちゃん。

この朝には、言葉でふざけ合える時間が少し戻っていました。

ただし、朝に明るく話せたからといって、体が完全に回復していたとは限りません。

笑える時間が戻ったことと、体の苦しさがなくなったことは、別のことです。


「ファンタグレープもらた」

午前10時38分。

ふうかちゃんは、

ファンタグレープもらた

と投稿しました。

「もらった」ではなく、

もらた

という少し崩れた言い方にも、うれしそうな軽さがあります。

前日の夜は、夕食を食べられなかったと話していました。

その翌朝、ファンタグレープをもらったことを、みんなへ知らせています。

誰からもらったのか、どれくらい飲めたのかまでは分かりません。

それでも、この時のふうかちゃんにとって、投稿したくなる小さな喜びだったのでしょう。

周りの人からは、

ファンレターに見えた😎

というコメントが届きました。

「ファンタグレープもらた」という文字を、一瞬、

「ファンレターもらた」

と読み違えたのでしょう。

それに対して、ふうかちゃんは、

と笑って返しています。

ファンタグレープをもらったという日常の出来事から、読み間違いによる小さな笑いが生まれました。


炭酸をめぐる普通の会話

コメント欄では、炭酸飲料の話も続きました。

ふうかちゃんは、

暑い日は炭酸がおいしくかんじる

と話しています。

暑い日に冷たい炭酸がおいしい。

とても普通で、生活感のある感覚です。

また、

半分くれ

と言われると、

飲み終わった

と返しています。

相手からすれば、少し分けてもらうつもりだったのに、もう飲み終わっていた。

そんな気軽な冗談です。

前日の深刻な体調不良とは対照的に、この朝には、

飲み物を楽しむ。
誰かと冗談を言う。
読み違いを一緒に笑う。

という、ごく普通の日常がありました。


「こら!ファンタ!」

その7分後、午前10時45分。

ふうかちゃんは、

こら!
ファンタ!

と投稿しました。

これは、『となりのトトロ』で親しまれている、

コラ!カンタ!

というフレーズの「カンタ」を、「ファンタ」に置き換えた言葉遊びだったのでしょう。

目の前にある「ファンタ」という言葉から、音の似ている「カンタ」を思い出す。

そして、覚えていたトトロの台詞の形へ当てはめ、

こら!ファンタ!

と投稿する。

ふうかちゃんは、言葉をただ記憶しているだけではありませんでした。

耳に残った台詞の音や形を覚えていて、別の出来事へすぐに置き換える力がありました。

以前の、

ほら
雨が滝のようだ
byムスカ

と同じように、元の台詞の形を使い、目の前の出来事を自分の冗談へ変えています。


ファンタから、トトロへ

同じ午前10時45分には、

となりのトトロみたいなぁ

とも投稿しています。

ここでの「みたい」は、文脈から、

『となりのトトロ』を見たいなぁ

という意味だと考えるのが自然です。

ファンタグレープをもらう。
「ファンタ」という音から「カンタ」を思い出す。
「コラ!カンタ!」を「こら!ファンタ!」へ変える。
そして、『となりのトトロ』を見たくなる。

一つの飲み物から、言葉遊びが生まれ、好きな映画の世界へ気持ちが広がっています。

ふうかちゃんは、日常の小さな出来事から、次々に言葉や記憶をつなげていました。

ただ炭酸を飲んだだけではありません。

そこから笑いを作り、好きな作品を思い出し、

となりのトトロみたいなぁ

という次の楽しみへつなげています。


病気とは関係のない「見たい」

となりのトトロみたいなぁ

という一言は、短いけれど大切です。

病状を説明した言葉ではありません。

人生について深く語った言葉でもありません。

ただ、好きな映画を見たい。

それだけです。

重い病気のある子の記録を見る時、私たちは、病気との闘いや、生きる意味、強さばかりを探してしまうことがあります。

でも、ふうかちゃんには、

炭酸がおいしい。
トトロを見たい。
英語でふざけたい。
言葉遊びをしたい。

という、意味づけなくてもよい普通の時間がありました。

ふうかちゃんは「病気の子」である前に、好きなものを楽しみたい一人の女の子でした。


明るい昼のあとに、こぼれた本音

朝の投稿のあと、長い時間、投稿が途切れます。

そして夜10時16分。

ふうかちゃんは、

身体弱いからいやになる

と投稿しました。

朝には、みんなと英語でふざけていました。

ファンタグレープを喜び、

ファンレターに見えた😎

という読み違いを笑いました。

こら!ファンタ!

と、トトロの台詞をもじって遊びました。

そして、

となりのトトロみたいなぁ

と、普通の楽しみも口にしました。

その同じ日の終わりに、

身体弱いからいやになる

という言葉が出ています。

朝に笑えていたからといって、体の苦しさが消えていたわけではありません。

ファンタグレープを飲めたからといって、元気になったとは限りません。

楽しさも本当。

身体が嫌になるほどの悔しさも本当。

二つの気持ちは、同じ一日の中に一緒に存在していました。


前日の体調不良から続く悔しさ

前日の6月16日。

ふうかちゃんは点滴を受け、夜には、

頭がいたいです
ボーッとします
トイレまで歩くのもしんどいです
よるごはんは食べませんでした

と投稿しました。

会話の中では、

クラクラするし
胸もどきどきする

とも話しています。

その翌日の夜に、

身体弱いからいやになる

と書きました。

この一言が、前日の体調だけを指していたのか、長く続く病気や入院生活全体を指していたのかは、断定できません。

ただ、ふうかちゃんはこれまでにも、

みんなみたいに遊びたいな
元気になりたいな

と書いていました。

動画を作りたい。

VTuberになりたい。

MacBookが欲しい。

同年代の子のように遊びたい。

アニメや映画を見たい。

たくさんの「やりたい」があるのに、身体がついてこない。

体調によって何度も止められる。

その積み重ねが、

いやになる

という短い言葉になった可能性があります。


嫌だったのは、自分ではなく「身体の弱さ」

ふうかちゃんは、

自分が嫌になる

とは書いていません。

身体弱いからいやになる

と書きました。

この違いは、とても大切です。

ふうかちゃんには、好きなものも、夢も、好奇心もありました。

自分の心が空っぽだったのではありません。

むしろ、やりたいことがたくさんあったからこそ、それを止める身体の弱さが嫌だったのでしょう。

体調を気にせず遊びたい。

好きなものを食べたり飲んだりしたい。

自分の力で自由に歩きたい。

動画を作り続けたい。

もっと外の世界とつながりたい。

身体弱いからいやになる

という言葉の奥には、

本当はもっと生きたい。もっと自由に動きたい。もっとやりたい

という願いがあったように感じます。


「うんそれ」と返せた共感

この投稿には、

なるよね、色々出来ないことあったりしてウンザリするね

という言葉が届きました。

ふうかちゃんは、

うんそれ

と返しています。

相手は、すぐに励ましませんでした。

前向きに考えよう
できることもあるよ
元気を出して

と、本音を明るい言葉で塗り替えませんでした。

まず、

なるよね

と受け止め、

色々出来ないことあったりしてウンザリするね

と、ふうかちゃんの悔しさを言葉にしました。

それに対する、

うんそれ

は、

「その通り」
「それが言いたかった」
「分かってくれた」

という返事だったのでしょう。

この時にふうかちゃんが必要としていたのは、解決策ではなく、身体が弱いことへの悔しさを、そのまま分かってもらうことだったのかもしれません。


感情の流れ・まとめ

6月17日の感情の流れは、次のようになります。

前日の点滴と強い体調不良を経て朝を迎える

ハロー
ナイスミーチュー

と、英語の言葉遊びを始める

周りの人たちと、覚えている英語を使って軽く遊ぶ

ファンタグレープもらた

と、小さな喜びを伝える

「ファンレターに見えた」と読み違えられ、

と笑う

暑い日の炭酸や飲み物の話を楽しむ

「カンタ」と「ファンタ」の音を重ね、

こら!ファンタ!

と、トトロの台詞をもじる

となりのトトロみたいなぁ

と、好きな映画を見たい気持ちを口にする

夜になり、

身体弱いからいやになる

と、身体への悔しさがこぼれる

色々出来ないことあったりしてウンザリするね

と共感してもらう

うんそれ

と、自分の本音を分かってもらえたことを示す

この日は、

前日の苦しい体調から少し日常へ戻り、言葉遊びやファンタグレープ、トトロを楽しみながらも、一日の最後には、何度も自由を奪う身体の弱さへの悔しさを隠さず伝えた日

だったと思います。


この日の意味

6月17日の意味は、

明るく過ごせる時間があっても、身体や心の苦しさがなくなったとは限らない

ということだと思います。

人が笑っていると、

「元気になった」
「もう大丈夫」
「立ち直った」

と思いたくなることがあります。

でも、笑えることと、つらくないことは同じではありません。

ふうかちゃんは朝に笑いました。

炭酸を楽しみました。

言葉遊びをしました。

トトロを見たいと思いました。

そして夜には、

身体弱いからいやになる

と書きました。

朝の明るさが嘘だったのではありません。

夜の弱音だけが本心なのでもありません。

どちらも本当です。

人は、一日の中で、喜びと悲しみ、楽しさと悔しさを同時に持つことがあります。


言葉を覚え、遊びへ変える力

6月17日は、ふうかちゃんの言葉への感覚がよく分かる日でもあります。

ハロー
ナイスミーチュー

と、知っている英語を使う。

ファンレターに見えた

という読み違いを笑う。

「ファンタ」という音から「カンタ」を思い出し、

こら!ファンタ!

と、映画の台詞へ置き換える。

ふうかちゃんは、耳にした言葉や台詞をよく覚えていました。

そして、それをそのまま繰り返すだけでなく、その時の出来事に合わせて少し変え、自分の言葉遊びにしていました。

これは、ふうかちゃんの好奇心と、言葉を楽しむ力が表れている記録だと思います。


6月16日から続く流れ

6月16日は、身体の苦しさが一日の中心でした。

点滴を受けても、頭痛やふらつきがあり、歩くことも食べることも難しかった。

6月17日の朝には、少し日常が戻りました。

誰かと話す。

炭酸を楽しむ。

映画の台詞で遊ぶ。

トトロを見たいと思う。

けれど、それは完全に回復したという意味ではありませんでした。

夜には、

身体弱いからいやになる

と書いています。

この二日間をつなげると、

身体がひどくつらい

点滴や休息を受ける

翌朝、少し笑える時間が戻る

それでも、身体に生活を止められる悔しさは残る

という流れが見えます。

回復は、苦しさから元気へ一直線に進むものではありません。

笑える時間と、苦しい時間を行き来しながら過ごすことがあります。


『ふうか色々人生』全体での位置づけ

『ふうか色々人生』の中で6月17日は、

ふうかちゃんの遊び心と、身体への本音が、同じ一日に残った日

として位置づけたいです。

ふうかちゃんを「強い子」として伝える時、

身体弱いからいやになる

という言葉を消してはいけないと思います。

ふうかちゃんは、病気をいつも穏やかに受け入れていたわけではありません。

嫌になりました。

悔しがりました。

元気な人をうらやましく思いました。

それでも人への優しさを失わず、楽しめる時には全力で楽しみ、動ける時には夢へ向かいました。

病気を嫌がらなかったから強かったのではありません。

嫌になるほど苦しみながらも、自分の優しさや好奇心、遊び心まで病気へ渡さなかったことに、ふうかちゃんの強さがあったのだと思います。


大人へのメッセージ

この日の大人へのメッセージは、

子どもが笑っているからといって、「もう大丈夫」と決めつけないこと

です。

昼間は楽しそうにしていた。

好きな飲み物の話をしていた。

冗談を言っていた。

だから、つらさはない。

そうとは限りません。

人は苦しい時にも笑えます。

楽しいものを楽しみながら、身体の痛みや悔しさを抱えていることがあります。

そして、

いやになる

という本音が出た時には、急いで励まさないことも大切です。

「そんなことを言わないで」
「できることもあるよ」
「前向きに考えよう」

と直す前に、

「嫌になるよね」
「やりたいのにできないのは悔しいよね」
「うんざりするよね」

と、その気持ちの隣に座る。

ふうかちゃんが、

うんそれ

と答えたように、解決策より先に、「分かってもらえた」と感じることが必要な時があります。


もうひとつの意味

6月17日は、

病気のせいにしないことと、病気を嫌がらないことは違う

と教えてくれる日でもあります。

ふうかちゃんは、病気や境遇を理由に、周りへ冷たく生きた人ではありません。

でも、身体が弱いことを嫌がりました。

できないことに腹を立てました。

思うように動けないことに、うんざりしました。

それは、弱さではありません。

病気が嫌だと言うことは、人生を嫌うことではありません。

むしろ、

「本当はもっと生きたい」
「もっと自由にやりたい」

という思いがあるからこそ出る言葉です。


6月17日の核心

この日の核心は、

こら!ファンタ!

と、

身体弱いからいやになる

が、同じ一日にあることです。

昼には、目の前の飲み物から、映画の台詞を思い出して笑いを作りました。

夜には、身体が弱いことで何度も普通の日常を奪われる悔しさをこぼしました。

遊び心も本当。

弱音も本当。

ふうかちゃんは、明るさだけの子でも、苦しさだけの子でもありません。

楽しさと悔しさの両方を抱えながら生きていました。


まとめの一文

6月17日は、前日に点滴を受け、歩くことも食べることもつらかったふうかちゃんが、朝には、

ハロー
ナイスミーチュー

と、みんなと英語の言葉遊びを楽しみ、

ファンタグレープもらた

と、小さな喜びを伝えた日でした。

「ファンレターに見えた」という読み違いを、

と笑い、「ファンタ」から『となりのトトロ』の「カンタ」を思い出して、

こら!ファンタ!

と、覚えていた台詞を言葉遊びへ変えました。

さらに、

となりのトトロみたいなぁ

と、好きな映画を見たい気持ちも口にしました。

けれど夜には、

身体弱いからいやになる

と、やりたいことを何度も止める身体への悔しさがこぼれました。

その本音を、

色々出来ないことあったりしてウンザリするね

と受け止めてもらうと、

うんそれ

と返しました。

この日は、

前日の苦しい体調から少し日常へ戻り、言葉や炭酸、トトロを楽しみながらも、身体が弱いことで普通の願いを自由にかなえられない悔しさを隠さず、その気持ちを誰かに分かってもらえた日

だったと思います。

ここに感じたことを、そっと残していただけたら嬉しいです。

  1. 美夢 より:

    ファンタグレープ飲むことが出来てた🥹🌻
    ジブリやドラえもんや中二病や
    長門さんのアニメのお話よくしてた🥹🌻
    ふうかちゃん🥹🌻💕

    • jun jun より:

      美夢さん、ありがとうございます🥲🌻💕

      前日は夕食も食べられず、歩くこともつらかったので、翌日にファンタグレープを飲むことができていたのは、少しほっとしますね🥲🌻

      トトロだけでなく、ドラえもんや中二病、長門さんのアニメのお話もよくしていたのですね。

      好きな作品のことを話す時のふうかちゃんは、覚えていた言葉が次々に出てきて、本当に楽しそうでしたね🥲🌻💕