このページは、ふうかちゃんのX投稿を、後から読み返しやすい形で記録したアーカイブです。
その日現在の時系列一覧
| # | 時刻 | 投稿の書き出し | メモ |
|---|---|---|---|
| 1 | 02:14 | また不安定だ | 会話あり |
| 2 | 02:20 | みんな元気に遊んでる | |
| 3 | 02:34 | ナースステーションで | 会話あり |
| 4 | 11:42 | おきるか | |
| 5 | 18:00 | 滝のような雨だ | 会話あり |
| 6 | 18:39 | はーい︎💕 | 会話あり |
| 7 | 18:39 | はーい︎💕 | 会話あり |
| 8 | 19:03 | ほら | 会話あり |
投稿カード


■ 02:34 投稿
URL:https://x.com/huukairo2/status/1268959270273343488
本文:
ナースステーションで寝ていいよっていわれた
寝ちゃうよ
一人はこわいからね








感情の流れ
6月6日は、深夜2時14分の、
また不安定だ
という言葉から始まります。
「不安定だ」ではなく、
また不安定だ
と書いているところが大切です。
この日の一時的な気分ではなく、同じような心の揺れが何度も続いていたことが伝わってきます。
6月2日にも、ふうかちゃんは、
不安定で💧
と返していました。
6月3日には、
みんなみたいに遊びたいな
元気になりたいな
と書いています。
その流れの中で、6月6日の深夜には、
また不安定だ
という言葉が出ました。
周りの人から「大丈夫?」と聞かれると、ふうかちゃんは、
最近ずっと不安定になっちゃう
と答えています。
「ずっと」という言葉からも、心の揺れが一晩だけのものではなかったことが分かります。
そして、その6分後には、
みんな元気に遊んでるのにうちは遊べない💧
と投稿しています。
ここには、6月3日の、
みんなみたいに遊びたいな
よりも、もう少し強い痛みがあります。
6月3日は「遊びたいな」という願いでした。
でも6月6日は、
みんな元気に遊んでるのに
うちは遊べない
と、自分と周りの子たちの違いをはっきり見ています。
同じ年頃の子たちは、元気に遊んでいる。
でも、自分は遊べない。
コメント欄でも、ふうかちゃんは、
みんな元気に遊んでるからうらやましい
そして、
うちは病弱だから💧
同じ中学生は毎日遊んでる
と話しています。
これは、とても切ない言葉です。
ふうかちゃんが望んでいたのは、特別なことではありません。
同じ中学生の子たちのように、毎日遊ぶこと。
外へ出ること。
誰かと過ごすこと。
体調を気にせず、当たり前の一日を過ごすこと。
でも、その当たり前が自分にはできない。
ふうかちゃんは、その差をよく分かっていました。
病室にいるから見えなかったのではなく、SNSを通して、元気な同年代の子たちの生活が見えていました。
見えるからこそ、つらかったのだと思います。
「うらやましい」という気持ちは、誰かを嫌っているのではありません。
自分もそこに行きたい。
自分も同じように遊びたい。
でも行けない。
その距離が、この夜の心をさらに不安定にしていたのかもしれません。
そして2時34分、ふうかちゃんは、
ナースステーションで寝ていいよっていわれた
と書きます。
続けて、
寝ちゃうよ
一人はこわいからね
と投稿しています。
この言葉は、この日の中でとても大切です。
ひとりでいるのが怖い。
今夜は、自分の病室で一人になることがつらい。
その気持ちを、ふうかちゃんは隠しませんでした。
看護師さんから、
「ナースステーションで寝ていいよ」
と言ってもらい、その提案を受け入れました。
「大丈夫」と強がって、一人で我慢したのではありません。
人のいる場所へ行く。
看護師さんの近くで眠る。
安心できる場所を借りる。
それは、ふうかちゃんが怖さの中で選んだ、大切な行動だったと思います。
一人はこわいからね
この言葉には、説明しすぎない、ふうかちゃんらしい素直さがあります。
怖いから、そばにいてほしい。
一人では眠れないから、人のいる場所で休みたい。
助けてほしい時に、助けを受け取る。
6月6日の深夜、ふうかちゃんはそれができました。
コメント欄には、
看護師さんの側なら少しは気持ちも楽になるかな
なるべく気持ちを静めておやすみ
という言葉も届いています。
ふうかちゃんは、看護師さんのいる場所で、少し安心して眠ることができたのかもしれません。
そして午前11時42分。
おきるか
と投稿します。
深夜に不安定になり、一人でいることが怖くなり、ナースステーションで眠ったあと。
昼前になって、
おきるか
と、自分に声をかけるように起きています。
「おきた」ではなく、
おきるか
という言葉も、ふうかちゃんらしいです。
まだ少し眠い。
でも、そろそろ起きようか。
深夜の切実さから、少し日常へ戻るような言葉です。
周りの人たちからは、
おはよ〜
おはようです
おはよ💕
という朝の言葉が届いています。
深夜に一人が怖かったふうかちゃんが、起きた時には、画面の向こうから「おはよう」と迎えてもらっています。
人のいる場所で眠り、
人の言葉に迎えられて起きる。
この流れには、小さな安心があります。
夕方6時になると、
滝のような雨だ
と投稿しています。
この日は激しい雨と雷があり、近くを消防車も何台か走っていたようです。
コメント欄で、
凄かったね、雷も鳴ってたし
と声をかけられると、
怖かったよね
と返しています。
さらに、
音も怖かった
とも書いています。
深夜には一人でいることが怖かった。
夕方には、雷や消防車の大きな音が怖かった。
6月6日は、一日の中で何度も「怖さ」が現れた日です。
ふうかちゃんにとって、大きな音や突然の出来事は、心を揺らすものだったのだと思います。
けれど、この日のふうかちゃんは、怖さだけで終わっていません。
午後6時39分には、おめシスの投稿へ、
はーい💕
待ってまーす💕
そして、
はーい💕
わかりましたー💕
と返信しています。
この時間には、深夜の不安定さとは少し違う、明るい声があります。
動画が投稿されることを楽しみに待つ。
好きな人の言葉に返事をする。
おめシスは、この日も、ふうかちゃんの心を外の世界へつなぐ存在だったのだと思います。
そして午後7時3分には、
ほら
雨が滝のようだbyムスカ
と投稿しています。
これは、映画『天空の城ラピュタ』のムスカの言葉を思わせる、ふうかちゃんらしい言葉遊びです。
本当に滝のような雨が降っている。
その様子を、ただ「怖い」「すごい」と書くだけではなく、
byムスカ
と付ける。
ここに、ふうかちゃんのユーモアがあります。
夕方には、
音も怖かった
と言っていました。
つまり、雨も雷も、本当に怖かったのだと思います。
それでも、その出来事を言葉遊びへ変えることができました。
コメントで笑ってもらうと、ふうかちゃんも、
w
と返しています。
「うまい!」と言われると、
いひひ💕
と返しています。
深夜には、
また不安定だ
一人はこわいからね
と言っていたふうかちゃん。
その日の夜には、
いひひ💕
と笑っています。
不安がすべて消えたわけではありません。
遊べない現実が変わったわけでもありません。
でも、人のいる場所で眠り、
起きて「おはよう」を交わし、
好きな動画を待ち、
怖かった雨をムスカの言葉に変え、
最後には「いひひ💕」と笑うことができた。
6月6日は、そんな大きな心の動きがあった日です。
感情の流れ・まとめ
6月6日の流れは、こうです。
深夜、
また不安定だ
と心の揺れを言葉にする
↓
周りの人へ、
最近ずっと不安定になっちゃう
と伝える
↓
みんな元気に遊んでるのに
うちは遊べない💧
と、同年代の子たちへの羨ましさと寂しさを打ち明ける
↓
うちは病弱だから💧
同じ中学生は毎日遊んでる
と、自分と周りの違いを痛く感じる
↓
一人で眠ることが怖くなる
↓
看護師さんから、
ナースステーションで寝ていいよ
と言ってもらう
↓
一人はこわいからね
と、自分の怖さを隠さず、人のいる場所で眠る
↓
昼前に、
おきるか
と目を覚ます
↓
周りの人たちから「おはよう」と迎えられる
↓
夕方、滝のような雨と雷、消防車の音に怖さを感じる
↓
おめシスの動画を楽しみに待つ
↓
大雨を、
ほら
雨が滝のようだ
byムスカ
とユーモアに変える
↓
最後には、
いひひ💕
と笑う
つまりこの日は、
同年代の子たちのように遊べない寂しさから心が不安定になり、一人でいる怖さを打ち明けて人のいる場所で眠り、その後、好きなものや言葉遊びの力で少しずつ笑顔を取り戻した日
だったと思います。
この日の意味
6月6日の意味は、
一人で抱えず、安心できる人のそばへ行くことができた日
だと思います。
この日の中心にあるのは、
一人はこわいからね
という言葉です。
ふうかちゃんは、怖くないふりをしませんでした。
「もう中学生だから大丈夫」
「一人でも眠れる」
「迷惑をかけたくない」
と強がるのではなく、
一人はこわい
と、そのまま伝えました。
そして、看護師さんのいるナースステーションで眠ることを受け入れました。
これは弱さではありません。
自分が今、一人ではつらいと分かること。
人のそばにいたいと伝えること。
差し出された助けを受け取ること。
それは、自分の心を守るための大切な力です。
この日は、助けを求めることの意味が、ふうかちゃんの行動としてはっきり残っています。
言葉だけで「助けて」と言ったのではなく、人のいる場所へ行き、そこで眠りました。
怖さを抱えたまま一人で耐えるのではなく、安全で安心できる場所を選んだ。
6月6日は、
怖い時には、ひとりにならなくていい
と教えてくれる日です。
『ふうか色々人生』全体での位置づけ
6月初めの流れの中で見ると、6月6日はとても重要な一日です。
6月1日には、
イヤな夢みた
こわい
と、夜の怖さがありました。
6月2日には、
不安定で💧
と、心の揺れを打ち明けました。
6月3日には、
みんなみたいに遊びたいな
元気になりたいな
と、外の世界への願いを残しました。
6月5日には、
ぴよぴよ💕
という言葉を通して、画面の向こうの人たちと小さな言葉遊びをしました。
そして6月6日。
みんな元気に遊んでるのにうちは遊べない💧
と、また遊べない現実に心を痛めます。
6月5日に小さく笑えたからといって、6月6日もずっと明るくいられたわけではありません。
心は、明るくなったり沈んだりします。
「ぴよぴよ💕」と言える日もあれば、
その次の夜に「また不安定だ」と言うこともあります。
この揺れを、後退と考えなくていいのだと思います。
ふうかちゃんは、その時々の心を、そのまま言葉にしていました。
そして6月6日は、ただ不安に沈んだだけの日ではありません。
一人が怖いと伝え、
人のいる場所で眠り、
起きて、
好きなものを待ち、
最後にはユーモアで笑う。
『ふうか色々人生』全体の中では、
不安や孤独に飲み込まれそうになりながらも、助けを受け取り、好きなものとユーモアによって一日を戻していった日
として残したいです。
大人へのメッセージ
この日の大人へのメッセージは、
子どもが「一人はこわい」と言った時、そのまま受け止めて、安心できる場所を用意すること
だと思います。
「もう大きいから大丈夫」
「一人で寝なさい」
「怖がりすぎだよ」
そう言ってしまうと、子どもは怖さを隠すようになるかもしれません。
でも、怖さは理屈だけでは消えません。
一人では怖い夜があります。
誰かの声が聞こえる場所で眠りたい時があります。
人の気配があるだけで、少し安心できることがあります。
この日の看護師さんは、
ナースステーションで寝ていいよ
と言ってくれました。
無理に病室へ戻そうとせず、
怖さを否定せず、
人のいる場所で休めるようにした。
その対応は、ふうかちゃんの心を守ったのだと思います。
必要だったのは、怖くないと説得することではなく、怖くても安心していられる場所でした。
もうひとつ、大人が大切にしたいのは、
みんな元気に遊んでるのにうちは遊べない💧
という言葉です。
この時、すぐに、
「大きくなったら治るかもしれない」
「元気になったら遊べるよ」
「今は我慢しよう」
と励ましたくなるかもしれません。
でも、その前に、
「みんなみたいに遊びたいよね」
「同じ中学生が遊んでいるのを見ると、つらいよね」
「遊べないのは悔しいよね」
と、その子が失っているものを受け止めることが大切です。
希望を伝えることも大事です。
でも、未来の希望によって、今の悲しさを急いで消そうとしないこと。
6月6日の言葉は、その大切さも教えてくれます。
もうひとつの意味
6月6日は、
怖かった出来事を、最後には笑える言葉へ変えた日
でもあります。
夕方の大雨や雷、消防車の音を、ふうかちゃんは本当に怖がっていました。
怖かったよね
音も怖かった
と書いています。
けれど、そのあとには、
ほら
雨が滝のようだ
byムスカ
と投稿しました。
これは、怖くなかったふりではありません。
先にちゃんと、
怖かった
音も怖かった
と言っています。
怖さを認めたうえで、あとから少し笑いに変えています。
ここに、ふうかちゃんらしいユーモアがあります。
つらいことを無理に笑うのではなく、
つらいと言ったあとに、少し違う見方をしてみる。
滝のような雨を、映画の台詞のように言ってみる。
「うまい」と言ってもらい、
いひひ💕
と笑う。
ふうかちゃんのユーモアは、悲しさや怖さを消すものではありません。
怖さを抱えた心に、少しだけ息ができる隙間を作るものだったのだと思います。
6月6日の核心
この日の核心は、
「一人はこわい」と言い、人のいる場所で眠ることができた
ということです。
同年代の子たちのように遊べない。
自分は病弱だからできない。
その寂しさから心が不安定になりました。
一人でいることも怖くなりました。
でも、ふうかちゃんはその気持ちを隠さず、看護師さんのいる場所へ行きました。
そして、眠りました。
それは、逃げたのではありません。
自分の心を守るために、安心できる場所を選んだのです。
そのあと、ふうかちゃんは起きました。
好きな動画を楽しみに待ちました。
怖かった雨をユーモアに変えました。
そして、
いひひ💕
と笑いました。
6月6日は、
不安に負けなかった日というより、不安の中で助けを受け取り、一日を生き直した日
だったと思います。
まとめの一文
6月6日は、深夜に「また不安定だ」「みんな元気に遊んでるのにうちは遊べない💧」と、同年代の子たちのように過ごせない寂しさを打ち明け、「一人はこわいからね」と看護師さんのいるナースステーションで眠った日でした。
そして昼に目を覚まし、夕方には大雨や雷の音に怖さを感じながらも、おめシスの動画を楽しみに待ち、最後には、
ほら
雨が滝のようだ
byムスカ
と笑いに変えました。
この日は、
ひとりで抱え込まず、安心できる人のそばで休み、好きなものとユーモアの力を借りながら、怖さの中から少しずつ笑顔へ戻っていった日
だったと思います。


ここに感じたことを、そっと残していただけたら嬉しいです。
皆と元気に遊びたかったわよね😢🌻
ふうかちゃん😢🌻🌻🌻